落下



急速に力を失うツバサ。
このままでは遠からず地上へと叩きつけられてしまうだろう。

「あー・・・どうすっかな」

かなり危機一髪なこの状況、本当はそんな悠長に構えている場合じゃなくて、もっと真剣に対策を考えるべきだと、そんなこと俺自身が一番わかっていたけれど、どうしようもない時は、ある。
いつかの時のように海はねーけど、なるように任せるしかねーか、と腹をくくったその時。

「快斗っ!」

そう、呼ばれたから。
目の前に差し出された手のひらを、頼るにはあまりにも小さな手のひらを迷う事無くとった。
瞬間、がくん、と大きく重力に引き摺られる。

「きゃっ」

どこもかしこも小さな体では、俺の体重を支えきれるわけなくて、小さな青子の体はいつぞやの時のようにモップからずるりと滑り落ちた。
主を失ったモップは急速に力を失い、地上へと吸い込まれてゆく。
俺は急いでハングライダーを体から切り離すと、青子の小さな体を懐へと抱き寄せ、もう片手で脇を落ちていくモップの柄をぐいと掴んで引き寄せた。そして青子を抱きしめたままその柄の上に体を預けた。
青子がモップの上へと戻ると、急降下していたモップはどういう仕組みか再び浮力を取り戻し、ふわりと夜空へ浮かび上がった。
やれやれ、まさか俺まで種も仕掛けもないモップ乗りになるなんて。
ったく、無茶ばっかりしやがってと視線を落とせば、当の青子は俺の腕の中で、ぎゅっと目をつぶり、まるくなって体を硬くしていた。そして、恐る恐る目をあけ、大きく息を吐き出すと、少し安心したのかふにゃりと俺の胸へと頭を預けてきた。
ぽん、ぽん、と規則正しいリズムで、子供をあやすように背中を撫でてやると、青子は落ち着きを取り戻したようだった。

「今度は、青子が捕まえたんだから」
「全く、こんな危険な事・・・・」
「・・・・・・だって、キッドを捕まえるのは青子なの。だから、こんなトコで落っこちちゃったら、ダメ」

さっきの自由落下の恐怖が残っているのか、少し震える声で、青子はそう答えた。
そりゃそうだろう、今回は助けてくれる人間は、いない。なんといってもいっしょに落ちていたのだから。
咄嗟に体が動いたのだろうとは思うけれど、迷う事無く俺へと差し出してくれた小さな手のひらを思うと、今までの「スキ」と言う感情とは全く次元の違う、熱い何かが腹の奥から湧き上がってきた。
俺は、青子の事が好きだった。その気持ちに偽りはなかったし、変わる事はないと、今までも、これからも。そう思っていた。
でも、好きにもいろいろな種類があるのだと。
ぎゅうと俺のマントを握り締めている青子が、もうどうしようもなく愛しくて。
俺は気付かれないよう、青子の髪にそっと唇を落とした。



7.事情
138.うっかり
123.時間
94.二人組

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