うっかり



―― だから、気をつけて。子供の姿でいられるのは、そう長い時間ではないの。

いつもなら、そろそろだとブレーキをかけるのに。
もう少し、もうちょっとと、キッドを追いかけるのに夢中になりすぎて、気がついた時には、それはもう始まりかけていた。
はじめは心臓の辺りから。徐々に体が熱を帯び始め、それと同時に、きしきしと体に感じるゆるやかな束縛。それはだんだんと大きくなり、その熱はゆっくりと全身へと大きく広がっていった。
―― このまま大きくなったら、戻ってしまったら・・・・・・
この先待っているのがどういう状況か明白だったけれど、どうすることもできなくて、自分を抱きしめるようにして座り込んだ私の肩に、ぱさりと何かがかけられた。

「キ・・・」

見上げた先には、追い求めていた怪盗の姿。月を背にして、シルクハットをいつもより目深にかぶっていたので、表情はよくわからなかった。

「もう、子供の遊び時間は終わりのようですね」
「なによ、あなただって、子供(キッド)じゃない」

恥かしくて情けなくて。視線を逸らし、ぎゅうと肩にかけられた真っ白なマントを掴む。
そんな私を無言のまましばらく見下ろした後、キッドはそのままそこを立ち去ろうとした。

「ちょっと!どうするのよ、このマント!」
「次回の逢瀬の時に帰していただければ結構ですよ。有能な天使の羽は、一枚きりとはかぎりませんから」
「・・・・・・ダレが天使よ」

顔を上げ、きつと睨みつけてそう言った私に、余裕の笑みで答えて。
自称天使は闇に溶けるようにして、その場から消え去った。



ぽつんとその場に取り残された私は、とりあえず立ち上がり、この場からから移動することにした。
17歳の姿に戻ったとはいえ、真っ白なマントは私の身長には余る長さで、歩くたびに、ずるずると裾が擦れる。
やっぱりクリーニングなのかなぁ。それともおうちで洗えるのかしら。おば様に確認しなくっちゃ・・・なんてどうでもいい事を考えながら、人一人、ようやっと通れる狭い路地から、少しだけ頭を出して辺りをうかがう。
幸いなことに、周囲には警官の姿は見当たらなかった。
思い切ってこの場から駆け出そうかと思ったけれど、家まではかなり距離がある。
この場に人の気配はなくても、どこかで警官と鉢合わせる可能性は高い。
しかも、目立つことこの上ないキッドの白マント姿なので職務質問されるのは必至だろう。
それは、非常に困る。
マントの下は一糸纏わぬ生まれたままの姿である。キッドとして逮捕されることはなくても、確実に痴女扱いされるに違いない。間違いない。
そんなことになったら、お父さんの立場が・・・・・・。
かといって、いつまでもここでぐずぐずしているわけにも行かない。
日が昇れば、状況は益々悪化するのだから。
「もう、ありがたかったけど、どうしろって言うのよ・・・・・・バっ快斗ぉ」
どうしたらいいのか、さっぱり思いつかなくて、途方にくれてその場に座り込んだ私の目から、唇からじわりと零れ出たのは、涙と、先ほど闇に融けて消えた怪盗のもうひとつの名前。

「ダレがバカだって」
「快斗っ!?なんで・・・・」

驚いて振り返ると、そこには真っ青なシャツにジーンズ姿の幼馴染の姿があった。
返事のかわりに、頭の上にばさりと何かがのせられる。慌てて手に取ると、それは快斗のものと思しきTシャツと白いスラックス。

「俺のだから、サイズあわーねと思うけど」

何にもねーよりマシだろといって、快斗は私の手をとり路地の奥へと引き返していく。
突き当りまで進むと、快斗はなにも言わず私を奥のほうへと追いやり、少し離れて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
その背中に向かって、聞こえるか聞こえないかの声で、そっと「ありがとう」とつぶやけば、快斗は、さっさとしやがれと言わんばかりに、ひらひらと手をふって見せた。



7.事情
275.落下
123.時間
94.二人組

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