時間



「よし・・・今日こそぜっったいに、捕まえてやるんだからーっ!」

気合イッパツ、準備は万端。
あとは薬を飲むだけ、なのだけれど。
それを口にすることにためらいを感じてしまうのは、前回あんな恥かしい目にあってしまったから。

今までの経験とこの前の失敗でわかったこと。
タイムリミットは、そう長くはない。

日によって少し長い時もあるようだけれど、安心していられる目安は3時間くらいなんじゃないかと思う。
それ以上になると、何時変身が解けてもおかしくない。
時間、と言うものを意識し始めると、それっぽっちなんだとなんだかひどく短く感じられる。

時間、何とかのばせないかな?と考えて思いついたのはとてもとても簡単な事だった。





何時までたっても、どれだけ待っても青子は現れない。
前回の失敗でついに懲りたのかと。
やれやれと思う反面それを少し残念に思う気持ちがある事を否定できなかった。

少し寄り道して、青子の家の前まで来てみると、部屋の明かりがついていた。

やっぱり、今夜は俺を捕まえにはこなかったんだな――

それは喜ばしい事のはずなのに、胸がちくちく疼く。
と同時に、わずかな疑念も沸き起こる。
長年の付き合いから考えて、あの負けず嫌いの青子がアレくらいの事であっさり引き下がるとは思えないのだ。

小さいけれど確実な胸騒ぎ。

携帯に電話をかけてみたけれど、「電波の届かないところにおられるか電源を・・・」というメッセージが流れるばかりだった。

時刻は深夜。
電気をつけっぱなして寝しまっているだけならばいい。
でも、ざわざわとした胸騒ぎは大きくなるばかりだった。

こんな時刻にどうかとは思ったけれど、そっとベランダへと降り立ち、中を覗いてみた。
とそこには・・・。

「なっ・・・」

そこには、無造作に脱げ落ちた服に埋もれて、ちっちゃなちっちゃな青子(推定3歳)が、すやすやと寝息をたてていた。



「で、わたくしのところへ攫ってきたのね」
「人聞き悪ぃ言い方するなよな。とにかく、朝までいくら待ってみても、ぜんっぜん元もどんねーし、寝たまま起きねーし。警部戻ってきちまったらマズイだろうがよ」

紅子は、ぎゅう、と俺にしがみつき、あいかわらずすやすやと眠っている青子と、それを片手に抱きかかえた俺をじろり、と一瞥して言った。

「どこかの誰かのセリフじゃないけど、ひとつ教えていただけるかしら。その、彼女が着ているシュミ全開な服は?」
「そりゃ、オメー仕方ねーだろ。なんか着せなきゃなんねーんだし、だとしたらやっぱり、せっかくなんだし」
「案外、危ない人でしたのね、あなた・・・」
「・・・ほっとけ」
「まあ、今はあなたの人に言えないひそやかなシュミをとやかく詮議している場合ではなく、彼女を何とかしないといけませんわね。たぶん、薬をふたつ飲んだのじゃないかしら」
「へ?」
「これは、憶測に過ぎないのだけど、時間がのびるんじゃないかと思ったんじゃないのかしら、彼女」
「80年代ヒロインなら、メルモちゃんくれー見とけよな、ったく単純アホ子め」
「でも、困りましたわね。用法外の服用でこんなことになるなんて。でも、さっきの推測が正しければ、しばらくすれば戻るはずですわ」
「そのしばらくってどれくれーなんだよ!それまでどーすんだよ!」

待つしかありませんわね、と。
この状況を、俺が困っている状況を心底楽しんでいるのであろう。
紅子はホホホと、ひときわ高く笑うだけだった。



7.事情
275.落下
138.うっかり
94.二人組

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