『はい、工藤新一です。御用の方は発信音の後にメッセージをお願いします・・・』


ちょっとすました、よそいきの声。
耳の奥に、甘く響く。
ねぇ。御用がなければ、かけちゃ、ダメ ――











 るすばん電話の声がすき










ぶるぶるぶるぶるぶるぶ・・・

ポケットに入れている携帯がかすかに震え、とまる。
着信を確認すると、蘭からだった。

おっちゃんは依頼なのかはたまた麻雀なのか、出かけていていない。
蘭は部活。
今日は少年探偵団の奴らとの約束もない。

「工藤新一」に戻れるわずかな時間をどうしようかと考えて、本来の自分の家に帰ってきた。
いくら探偵事務所に人がいなくても、さすがに小学生がペーパーバックの原書を読んでいるのはまずいと思い、親父の書斎にこもっていたわけだけれど、日本語で読むようにはいかなくて、かなり集中していたからその前にも一度、着信がついていたのには気づかなかった。

天井からかすかに光が入るとはいえ、電気をつければ外の様子はわからない。
親父の書斎にいると、時間もわからなくなってしまう。
携帯のアラームはなっていないので、夕飯の時間には早いはず。
時間を確認すれば、まだ夕方で、蘭は部活の真っ最中のはずだった。

何か事件にでも巻き込まれたのだろうか。
電話番号を知らせた当初は、頻繁に電話がかかってきていたけれど、勢いあまって告白をしてからというもの、気まずいのか恥ずかしいのか、蘭からの連絡は以前に比べて減り、それもほとんどがメールだった。
電話で話したこともあったけれど、その時は事件がらみだった。

ふたりの関係は、その後もあいまいなまま、何も変わっていない。

かけなおそうか、かけなおさまいか、一瞬悩んで携帯を手にした瞬間、また携帯がぶるぶると震えて、着信を知らせる。
やはり 蘭からだった。
今まで、こんなに何度もかけてくることはなかったので、やはり何かあったのではないかと不安がよぎる。


「・・・もしもし?」
「あ・・・新一」

驚いた、蘭の声。

「自分からかけてきて、なんで、んな驚いてんだよ」
「あ、っと、出ないかと思ってたから」
「なんだよそれ。用事があるから何度もかけてきてたんじゃねーのか?」
「用事、用事ね、用事・・・うん。あるよ、あるある」

歯切れの悪い蘭の受け答えに、どきりと心臓が高鳴る。
事件ではない。
だとしたら、それは、それはこの前の告白の ―― ?

どきどきで苦しい心臓、携帯を持つ手が、じっとり汗ばむのがわかる。
蘭の気持ちは、もうわかっている。
だから、返事を強要する必要はなかったし、変わらぬ関係に思うところもなかった。
それを今更、女子供じゃあるまいし、何をそんなにドキドキする必要があるんだと、なるべく平静を装ったつもり、上ずった声に舌打ちしたくなった。

「・・・なんだよ」
「あ、っと、その、先生から、伝言。このままだと、留年だぞ、って」
「それだけ?」
「あとは、いつ復学するんだ、って」
「ったく、何回もかけなくったって、メール化、留守番に入れときゃいーじゃねーか!俺はてっきり・・・」
「てっきり?」
「なんでもねーよ」

単なる事務連絡・・・。
自分の心配は杞憂だったようで、なんなんだ、ドキドキを返せこのやろうという気持ちが、口調に出てしまったのは仕方ないだろう。
普段であれば、そんないい方しなくても!とつっかかってきてもおかしくないのに、何か後ろめたいところがあるのか、反論もせず、もにゃもにゃと言い訳がましいことを言ってきた。

「私だって、最初はそのつもりだったんだけど、新一が出ちゃったから・・・」
「出ちゃった、って、オメーなぁ・・・・・・」

だんだんと小さくなっていく蘭の声に、呆れた声で返せば、しばらくの沈黙の後、やはり小さな声で蘭がつぶやいた。

「・・・・・ほんとはね、声が聞きたかったの」
「へ?」
「声が聞きたかったの、どうしても。留守番電話でもいいから、新一、の声が」

少しかすれた、甘い声に心臓が鷲掴みにされる。
かあああああっと、顔に向かって一気に血が集まってきたのがわかった。

「お、れも」
「え?」

蘭の問いかけで、我に返る。
今、俺は何を言おうとした?言おうとしてる?

「・・・っと、悪ぃ、来客みてーだから、また」
「あ・・・・・・」

まだ何か言いたそうな蘭の言葉を最後まで聞かずに、急いで通話終了ボタンを押す。

あの告白も恥ずかしかったけれど、さらに恥ずかしい台詞を口にしそうになった自分。
毎日いっしょにいるのに、声も聞いているのに、まだ足りない。
置き去りにしたのは自分、待たせているのも自分。
それなのに、自分に、工藤新一への言葉がほしい、なんて。
本当は蘭のすべてを独占したい。
電話からあふれて零れ落ちそうになった気持ち。

まだ、ダメなのに。


「ぎりぎりセーフ、だよな?」

口元を押さえる手が熱い。
今きっと、顔は真っ赤になっているのだろう。
握り締めた携帯の、通話終了の画面の見つめ、ふうと一息入れたところで、目の前からすうと携帯が消えた。

 

200/10/09 江戸川コナンの日


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