繰り返される日常は、あなたのいない毎日。
異国での日々は、忘れられないあの日の告白は、まるで夢のなかの出来事のよう 。

ねぇ。夢じゃないなら、もう一度聞かせて欲しいの。
偽らない、 あなたの声で、あなたの気持ちを。
あなたの、秘密のわけを。











 きっかけが必要です










「失礼しました」

一礼して、からからと引き戸を閉め、ふう、とため息ひとつ。
何か悪いことをして呼び出された訳ではなくても、職員室という独特の雰囲気には、学生を緊張させる何かがあって、
もう一度、今度は大きく息を吸って吐き、肩に入っていた力を抜く。
教室へとかばんを取りに戻る廊下のガラス窓越し、空を見あげれば、午前中の青空はどこへ行ってしまったのかと思うくらい、どよどよとした黒い雲が広がっていた。
一応傘は持ってきているけれど、外に干してきた大量の洗濯物が気になる。
思った以上に時間が経っていて、今から部に出ても、あまり練習できないだろう。
今日は部活を休んで、本格的に振られる前に帰ったほうがよさそうだった。


担任の先生に呼ばれて、話していたのは新一のこと。

おばさまから、しばらく休学すると連絡があったものの、あまりにも長く休んでいるので、どうなっているのかと。
私の聞くのはお門違いだ、とは思ったけれど、おじさまもおばさまも海外で連絡がつきにくく、ましてや本人とは全く連絡が取れないということで、日本警察の救世主もいいけど、学生の本分もなぁ・・・とため息混じりに話す先生も、どうしたものかと困っているようだった。

私のところに連絡があれば、現状の確認と、このままでは補講をしたとしても留年だということを伝えてくれないかと、他にも、何か知っていることは無いかあれこれと聞かれたけれど、まさか高校ではなく小学校に通っていると思います、なんて話せるわけも無くて。
話したところで、信じてもらえるわけもないから、知りません、と答え続けていたら、最後に連絡先を知らないか?と聞かれたけれど、先生に伝える気にはなれなかった。

教えたく、なかった。

たぶん家族と私だけが知っている、新一との細い繋がり。
うちに帰れば、そこに『彼』はいるけれど、他の人に教えたら切れてしまいそうで、こわかった。



「よお、毛利」

ポケットの携帯を握り締め、ぼんやりしていたのだろう。
聞きなれた声に振り返れば、同じクラスの小野君が立っていた。

「めずらしいね、練習は?」

彼は確かサッカー部だったはずだ。

「委員会だったんだよな。ったく、面倒なんだぜ・・・思ったより早く終わったんだけど、部に顔を出すにも遅いし、傘ねーから、本降りになる前に帰ろうと思ってなー」
「ふふ、私といっしょだね。降ってきたら、入れてあげるよ。どうせバス亭まででしょ?」
「いやいや旦那に見つかったら、殺されちまうから、遠慮しとく」
「もう、新一はそんなんじゃないわよ」
「オレ、工藤だなんて一言も言ってないけど?」
「あっ、と・・・それは、そうだね」
「いーって、今更。みんな知ってるし」
「もう、ほんとにそんなんじゃないの!」


告白はされたけれど、そして『コナン君』は私の気持ちを知っているはずだけれど、まだ『新一』にはきちんと返事をしていない。
まだ、付き合っているわけではないのだ、と考えたところで、もうお付き合いすることが自分の中で決定事項なんだと気づき、胸がきゅうっと苦しくなる。
だって、それは何時になるかわからないから。
気持ちを確かめあったとしても、かりそめの姿では、叶わないのだ。
思わず零れた小さなため息を勘違いしたのだろう、小野君はあわてて話題の転換をはかってくれた。

「いやいや、しっかし、アイツなにやってんだろーなー。ヒデーよなー、こんなに放りっぱなしで、さ」
「事件事件で忙しそう。電話もさっさと切っちゃうし・・・」
「連絡あんだ!いやいや、こっちにはサッパリなのにさー、やっぱりなー」

さすがに毎日顔をあわせてます、とは言えなくて。
ただそれでも、小野君にとっては驚きらしく、あの工藤がねぇ、なんてニヤニヤしながらぶつぶつとつぶやいている。

「でも、私たち別に、そんなんじゃなくて、ほんと、ただの幼馴染だから」
「そうなの?」
「そうなの!それなのに、園子ったらいつも旦那だとか言うから・・・」

新一のことが好きなのは事実だけれど、他人からああいうふうに言われるのは、やはり恥ずかしい。
困り顔の私を、小野君は、さっきのニヤニヤ顔とはうってかわってまじめな顔でじっと見つめて、ぽつりと言った。

「でも、毛利さんは違うでしょ?」
「へ?」
「ただの幼馴染なんて、思ってないでしょ」
「どうして・・・」
「見てりゃわかるって。だって、オレ、毛利のこと好きだったからなー」
「な・・・」

驚きのあまり、あんぐりと口をマヌケ顔の私を見て、小野君は、笑いすぎでは、というくらいげらげらと笑いはじめた。

「あーあ、気づいてなかっただろ?毛利は工藤以外見てねーもんなー。ああでも、付き合いたいとか、今はそういうのはないからな!もう彼女いるし」
「ごめんなさい」
「いや、謝んなって。逆にヘコむから」
「あ、えっと、ほんとごめん!」
「だからーー」

笑うのをやめ、ふーっと、わざと大げさにつかれたため息。

「ほんとのとこ、むこうはどうなんだろうなって思ってた」
「え?」
「サッカー部んときもそうじゃん。事件だかなんだかしらねーけど、好きだったら、毎日でもボールさわりてーし、好きな相手には、毎日でも会いたいと思うはずだろ?なのに、さ」
「・・・・・・」
「でも、連絡あるんだなーって、毛利には。うーわ、アイツどんな顔して電話かけてきてんだろ」
「あ、っと、ほとんど私からだから。いつも忙しいとか言って面倒そうだよ」
「いやいやいやいや、口ではそんなこと言いながら、絶対ニヤケてるね。ニヤニヤのはずだ」

バス停までの短い距離だったけれど、そんなバカ話で盛り上がって、小野君は、すぐ来たバスに乗って行ってしまった。



――会いたい。声が聞きたい。


あんな話をしていたからだろうか。
気持ちがあふれて、とめられない。


『好きな相手には、毎日でも会いたいと思うはずだろ?』


もし、もしも。
新一もそう思ってくれていて、だから、強引にうちに住み込むことにしたのだと、したら?

私だって、毎日『新一』に会いたいよ――。

わかったつもりでも、確かなものは、なにもない。
確かなものは、見えない電波でつながったこの電話だけ。
今は、声だけの存在かもしれないけれど、その先には、新一が、いる。

留守番電話でもいいから、声が、新一の声が聞きたかった。

 

200/10/06 江戸川コナンの日


<<  >>