組織にいたときには、考えられないくらい、平和で穏やかな日々。
どこかの誰かさんのせいで、多少事件に巻き込まれやすいとはいえ、自分自身の、その年のころにも味わったことのなかった、日常という名の普通の毎日。

なにもかもがかりそめの、こんな暮らしがずっと続くわけがないとわかっていたけれども、いつも心のどこかで、終わりの日が来ることにおびえていた。

てばなしたくない、わたしたくない、なくしたく、ない――

だからこそ、一度手放そうとした。
そして、手放さなかった、のに。







いつもと変わらない、いつもの帰り道。
前を歩く3人の姿に、今日何度目かわからないため息がこぼれる。

最近、しばしば感じる黒い影の気配に、ざわざわと心が波立つ。
私は、ここにいて、本当によかったのだろうか、と。

彼らにまで危害が及んでしまうのではないだろうかと不安がよぎるたび、あの時の、戦おうと決めた自分に自信がもてなくなる。
やっぱりFBIの証人保護プログラムを受けたほうがよかったのでは、と。


「どうしたんだ、灰原?」

いつの間にか、並んで歩いていたはずの江戸川君が、少し前のほうで立ちどまり、こっちを振り返っている。

「べつに・・・」
「べつに・・・って、オメーなんか最近ため息多くねーか?」
「気のせいよ」
「でも・・・」
「あなたにはわからないわ!」

屹とにらみつけたその先、江戸川君は一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、しばらく私の顔を見つめた後、視線を外すことなく、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

「後悔したことのない奴なんて、いるのか?」
「・・・・・・え?」


ゆるがない心、曲がらない意思のちから。
自分自身に対する絶対の自信に、真実を追い求めるまっすぐに瞳に、私にないものを持っている彼に、いつもなら安心と、羨望を感じるのだけれど、今日は、少しずつささくれていたた心が完全にめくれてしまって、いつもは心のずっと奥のほうに眠っている、苛立ちと嫉妬が顔をのぞかせてしまった。
そう、 いつも前だけ見つめているようなあなたに、私の何がわかるの――と。

だから、心の奥を見透かされたことよりも、まるで彼自身も、後悔を知っているかのような口調だったことに少し驚いた。

黙ったままの私を諭すかのように、江戸川君は、ゆっくりと言葉を選ぶ。



「誰だって後悔するさ。俺の今のこの状況だって、な・・・・・・でも、切り捨てた可能性のことばかり考えて、求めていたら、今この場にいる自分否定することになるんじゃねーのか?だから、俺は自分の選んだ道を、自分の下した決断から続く今を、精一杯生きたいと思う。自分で選び取った未来を、よりよい未来につなぐために」


だから、もう迷うな。

ニヤリ、と不敵に笑ったその顔に、不安に巣喰われていた心が、気持ちが、今までのすべてが、掬われ、救われる。


「それに、俺は灰原が残ってくれてよかったと思ってる。これでもいろいろ頼りにしてるんだぜ?」
「あら、日本警察の救世主にそういってもらえるなんて、光栄ね」
「俺としては平成のホームズって言ってもらえるほうが嬉しいんだけどな、ワトソン君?いや――」
「哀ちゃん、コナンくーん」
「なにしてるんですか、ふたりとも!」
「早くこねーと置いてっちまうぜ!!」
「ほら、呼んでるぜ――相棒?」


そうだ、例え私がいなくなったとしても、彼がいる。

ひとりきりではない、だからこそ、いっしょに戦おうと決めたのではなかったのか。
彼が諦めないかぎり、彼らが巻き込まれるかもしれないという可能性は消えない。
だったら、私がここにいることで、戦うことで、彼らと彼らの居場所をを守ることが出来るはず-―


このかりそめの体と暮らしへ到った経緯も、たぶん目指す最終目的もちがう。
でも、求めるものへと到る過程は、きっと同じはずだから。


まっすぐ、迷いなく私へと差し出された手を、迷いなくとって。
踏み出そう、何かを変える、力を得るために。


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