少し人混みもましになったと思ったのもつかの間、賽銭箱の前はまた人でごったがえしていた。
青子のぶんも賽銭を受け取り、勢いよく前に向かって投げる。
後ろからぞくぞくと人がやってくるので、あまり長い時間立ち止まっていられない雰囲気だったけれど、青子はなにやら長々と願い事をしていた。

「よしっと、お待たせ!」
「おう。じゃあ、とっととこっから離脱するぞ」

もみくちゃにされそうになっていた青子の手を引いて、賽銭箱の前から離れる。
神社から自転車をとめたあたりにまっすぐ向かうには、人混みを逆に突っ切らねばならず、それは見るからに不可能そうだったので、ぐるりと神社の周りを迂回することにした。
境内を出たところにあった自動販売機で暖かい飲み物を買い、鳥居の方へ向かって歩く。

「快斗は何をお願いしたの?」
「そういうオメーは何お願いしたんだよ。なんかやたら長かったろ」
「そんなのナイショでーす」
「どうせ、胸が大きくなりますようにとか、そんなんだろ」
「違うもん!」

青子はぷうと頬を膨らませ、ぎろりと俺をにらみつけた。
本気でそんなこと思ったわけではないけれど、ついいつもの調子で返してしまったのが、なにやら青子の怒りのつぼに入ったらしい。
青子は、大きくため息をついた後、どんどんと早足で歩き始めた。

「オメー、なに怒ってんだよ」
「べつに怒ってませんー。ほら、もう時間も遅いし、早く帰ろう」

そう言い放つと、青子はさらに歩く速度を速めた。


拝殿の裏側のあたりは、人通りも、街灯もほとんどなく、遠く露店の明かりが道を照らすばかりだった。
青子はどんどんと先を歩いていたけれど、不安になったのか、少し歩速をゆるめた。
ようやく青子に追いついたところで、右側の植え込みが、がさりと揺れる。

「ひゃあ!」

驚いた青子は、ちょうど追いついた俺の腕にしがみついてきた。
茂みから出てきたのは、真っ黒い野良猫だった。
普段はこの神社をねぐらにしているのだろうが、今夜のあまりの人の多さ、喧しさに逃げ出してきたのだろう。

「ほれ、いつまでぼうっとしてるんだ。行くぞ」
「あ・・・」

青子は、俺の腕にしがみついたままぼうっとしていたけど、声をかけられ、あわてて俺の腕を離そうとした。
俺は、素早く青子の肩を抱き、腕に押し付ける。

「何が気に障ったのかしらねーけど、謝るから。もうそろそろ機嫌直せよ」

そのまま、青子の頭をよしよしと撫でれば、青子は自分からぎゅうと腕にしがみつき、小さくつぶやいた。

「青子こそ・・・ごめんなさい」
「よし、じゃあ帰るぞ」
「うん!」

腕は組んだまま、ふたり並んで夜の道を歩く。
寄り添うだけで、寒さが和らいでゆくような気がした。

 


帰る