週末の過ごし方



期末試験も終わり、後は冬休みを待つだけの怠惰な土曜日
青子とデートのついでにパンドラを確認、なんていう一石二鳥の計画を立てるべく、俺はこたつでごろごろしながら情報誌を読んでいた。

これから年末にかけては、あちこちで様々な催しものが行われる。
キッドの目的が盗一を殺害した相手を引きずり出すことから、パンドラを探し出し破壊することに変わった以上、予告状を出す必要性は薄れていて、今では予告状を出さない仕事の方が増えている。
予告状を出さない方が準備にかかる手間が省けるし――あの予告状を1枚作るだけでも、暗号を考え、カードをつくりと結構頭と時間を要する――やつらにパンドラの確認状況を知らせてしまうことを防げる上に、仕事の危険度が大きく下がるといい事尽くめなのだ。
時間のない今、この絶好の機会にできるかぎり効率よく、さくさくとパンドラの確認を済ませておきたいところなのだけれども、仕事にばかりかかずらっていると、夏休みの二の舞になって、そう、あの時とは違ってキッドの事を理解してくれているとは言え、青子の機嫌を損なう事は確実で。

そこで考え出したのがこの一石二鳥作戦なのだ。
ばらばらと雑誌のページをめくりながら大きなアクビをひとつ。
できれば近場で、パンドラを確認している間、小一時間ほど青子ひとりでも退屈しない所・・・・・・
なんて都合のいい場所はそうそうあるはずもなく、そのうち連日の一夜漬けの疲れから、文字が文章として頭に入ってこなくなってしまった。
写真だけ流して見ていたけれど、どんどんとろとろと意識が遠のいて――そして背中になにか引っ張られるような吸い込まれるような不快な衝撃が走った。

「・・・・・・自分の息子を掃除機で吸い込もうとはどういう了見だよ」
「だって、こんなとこでゴロゴロしてる分にはゴミといっしょでしょ」

にっこり笑いながら実の息子に対してひどい事を言うわが母にげんなりしながら問いかける。

「大掃除にはまだちょっとはやいんじゃねーの?」
「あら、何もかも一気にしようと思うとタイヘンじゃない。手伝ってくれる人間もいないことだし?少しづつやってくのが主婦の智恵ってもんよ」

ジロリと睨まれ、さらに吸い込まれそうになったところを ひょいとよけて起き上がり肩をすくめる。
確かに予定満載、最大積載量大幅違反気味な年末年始。仕事のついでに青子と、何てこと考えているくらいなのだから返す言葉もない。

「はいはい、手伝う気がないなら場所空けなさい」

しっしっと手で追い払われて、しぶしぶコタツから出る。
掃除機をかけるために窓が全開にされていて、そのひやりとした感触に身ぶるいをひとつ、さて、これからどうするかなと、とりあえず自分の部屋へと戻ろうとしたそのとき。

「あ、快斗。これ。持って行ってちょうだい」
「へ?」
「おじさんから送ってきたのよ。おすそわけよ。青子ちゃんに」
「別に青子のトコに行くわけじゃ・・・」
「行くんでしょ?」

にっこりと笑いながらみかんがたっぷり詰め込まれたビニール袋を目の前に突き出し、自信満々に言い切った母。
青子に会いたくないというわけじゃないけれど、なんとなく言うなりになっているようなのが気に食わなくて。
でもそれでも俺はシブシブみかんがたっぷり入った買い物袋を受け取った。






「はーい・・・って、あー、やっぱり快斗だ」
「ういー、さみー。よくわかったなー、やっぱり愛ですか」
「バカ、あんなふうにインターホンを連打する人は快斗しかいないの!でも、突然どうしたの?」
「とりあえず暖とらせて。で、これ母さんから」
「わーい、ありがとう!つやつやしてて、とっても美味しそうだね」

青子は母さんから預かったビニール袋を受け取り、中を覗き込んで嬉しそうにその中のひとつを取り出して見せた。そして袋を腕にかけると、空いた方の手で俺の前にスリッパを並べてくれた。
勝手知ったるなんとやら、俺はそのままターゲットのある奥の部屋へとまっすぐ歩を進めた。

コタツの上には、毛糸と編み針が無造作に置かれていて、毛糸の色からして俺のものではなさそうだった。
とにかく凍える体をなんとかするべく家から持参してき情報誌といっしょにコタツへともぐりこむ。
雪こそ降っていないものの、やたらに冷たい風が体の熱を奪っていて、冷え切った手足にじんじんとした痛みとともに感覚が戻って来た頃、青子がほかほかと湯気のたつココアを持ってきてくれた。

「おー、サンキュ。いい嫁さんになるぞー」
「はいはい、どういたしまして。でもどうしたの?今日はだるいから、明日の仕事の為に家でゆっくりするって言ってたのに」
「追い出されたんだよ主婦に・・・・・・って今日警部は?俺は明日の仕事に関しては予告状出してないけど」
「年末はスリとか引ったくりとか置き引きとか。とにかく2課は忙しいみたい。最近キッドはご無沙汰さんだから、そっちのトクベツ警戒なんだって」

だからパトロールで風邪ひいたりしないようにお父さんに編んでるんだと。
得意げに目の前に広げて見せたのは焦げ茶とモスグリーンの糸できれいに編まれたマフラー。
試験中だったからあんまり進まなくって、と言う青子の邪魔をすると悪いかと思い、ごろごろとコタツに寝転がって、情報誌の続きを読む。

コタツのヒーターのじーっという音と、加湿器のかわりにとストーブの上に置かれたやかんから聞こえる、蒸気のしゅんしゅんと言う音。俺が雑誌のページをめくる音と、編み棒のこすれる音。時折聞こえる青子が網目を数えるつぶやき。

恋人同士なのだけれども、いっしょにいて、お互い好きな事をして、それが許されて。幼馴染として長くいっしょにいたからこそ共有できる時間。
ゆったり流れる午後のひととき。こういう空気が好きだなぁと思う。


少し体を起こして青子のほうを見ていたら、目があった。

「なー、青子」
「んー・・・・ちょっと待って・・・さん、し、ご、っと。なぁに?」

青子はマフラーの目を数えている最中だったらしい。
ちらしの裏になにやら数字を書きとめると、編み棒の先にゴム製のキャップをはめ、改めて俺のほうを向きなおった。ふうと一息ついてからマグカップを手にする。
俺は机の上に雑誌を広げ、ページの右隅の記事を指差して青子に冬の予定について話を持ちかけた。

「今年の冬休み、旅行にいかねーか?」
「旅行?」
「そうそう、ここ。流石に日帰りはキツイから1泊、できれば2泊くらいしてボードやろうぜ」
「スキーだって満足に出来ないのに、青子にできるわけないでしょ。ねぇ、だったら初詣の後スケート行こうよ」
「スケートは俺が苦手なの」
「だから青子が教えてあげるじゃない。百歩譲ってインラインでもよいよ」
「カッコわりーだろが、男の方が教わってるのなんて」
「でも、今後のためにも出来た方がいいんじゃない?前に白馬君に見せてもらった白馬メモにキッドの弱点、って大きく赤丸して書いてあったよ」
「なんだよその白馬メモってのは・・・・・・」

魚も弱点ですよーって教えてあげようかと思っちゃった、なんて悪びれもせず楽しそうに言う青子に一番効果的なお仕置きはなんだろうかと考えて。

「冷たくて硬い氷の上を滑るよりは、冷たくても柔らかな、そう、あなたの肌の上を滑らせてはくれませんか?」

そういって、コタツの中ですらりと伸ばされていた足をつつ、と指でなぞる。
青子は真っ赤になってコタツから勢いよく足を引っ込めた。

「ちょっと、なにするのよ!」
「いーじゃん、今更」
「とにかく、旅行はだめだよ。だいいち、お父さんが許してくれるわけないでしょ」
「だって警部、年末年始は特別警戒だナンだって通常の方に引っ張られてんだろ?忙しーじゃねーか」
「だから尚更だよ!青子だけ遊びに行ってたら悪いじゃない」
「スケートだって遊びだろが」
「泊まるのとは違うでしょー!」

結局この話は平行線をたどり、そのままうやむやになってしまった。




頬を撫でる、ひやりとした冷気。でも、体は布団のぬくぬくとした柔らかい温かさにくるまれていて。
うっすら目をあけると、カーテンの隙間からきらきらとした陽射しが差し込んでいるのが見える。
この明るさからすると、すでにお昼が近いのかもしれないと思いつつも、冬の朝の布団は居心地がよすぎて体がなかなか離れてくれなかった。
今日はお父さんもお休み。めずらしく休日が重なったので、午後からいっしょに買い物に行く約束をしているのだけれど、家の中はしんと静まりかえっていて、人の気配が感じられなかった。きっと朝寝を決め込んでいるに違いない。
似たもの親子だなーなんて思いながらも、やっぱり暖かな布団から出たくなくて、しばらくごろごろとした挙句、枕元にあった読みかけの文庫本をとろうとした時、窓に何かがぶつかるような鈍い音がした。
硬いものではなく、ばふんと柔らかなものが当たって壊れていくような不思議な音。
それが規則正しく、途切れる事無く続く。
しばらく音のするがままにしていたけれど、さすがに気になりはじめ、なんだろうかと嫌がる体を布団から引き離し、窓を開けると。


目の前は一面真っ白で、ぴかぴかと陽光に輝き反射する雪でまばゆく輝いていた。
屋根の上も、塀の上も、道路も。一面白で塗りつぶされ、街がその白に溶け込んでしまったようになっていた。

「う、わー・・・」

寒さもそしてナゾの音のことも一瞬忘れ、目の前に広がる光景に見入っていたら、下のほうから名前を呼ばれた。

「あーおーこーちゃーん」
「快斗?」

見下ろせば、快斗が雪玉を握り締めてこっちを見上げていた。
時計を見ればまだ7時。今日は仕事だって言っていたのに。

快斗は雪が大好きだ。この辺りでは珍しい雪が降るたび積もるたび、いくつになっても変わらずイヌのようにオモテで駆け出していたっけ。
きっと今日も、少しだけでも雪で遊びたくてこんな時間から家を出てきていて。でもお父さんに遠慮してインターホンを鳴らせず、さっきから雪玉をぶつけていたのだと思うと本当に子供みたいで思わず噴出してしまった。
どのくらいの間そこにいるのか、ほっぺたは少し赤くなっているし、家の塀の上には、小さな雪だるまが作られ置かれている。

色んな事が少しづつ快斗を変えしまって、それは幼馴染から恋人という関係になったと言う事もあるのかもしれないけれど、近くにいても手が届かないような、そんなさみしさを感じたり、彼の変化についていけていない自分に戸惑ったりする事が増えていて。
でも、時折こういう子供の頃から変わらない部分を見せてくれる。
そんなささやかな事が嬉しくって仕方がないなんていったら、快斗はどんな顔するのだろうか。


「なー、雪合戦しようぜ」
「雪合戦?」
「おう。そんで年末年始の予定は勝った方の案を採用ってのはどうだ?」
「ちょっと勝手に決めないでよ!でも・・・オモシロそうね。よーし、負けないんだから!」
「そうこなくっちゃな。早く降りてこいよ」
「ズルはなしだよ!」
「当然!青子相手に本気なんて必要ないぜ。仕事前の準備運動に軽くひねってやる」
「快斗の本気ってズルなの・・・・・・」

私の言葉はもう耳に届いていないようで、快斗はなにやら雪を集めて雪玉よけのようなものを作り始めていた。
こうしてはいられないと勢いよく窓を閉め、クローゼットを開ける。
さっきまでの重かった体が嘘のようで。
私は素早く身支度を済ませ、わくわくと階段を下りた。



はじめましての方もそうでない方も、こんにちは。
Humoresqueというサイトを細々運営しておりますミシマと申します。
今年もステキな企画に参加できて、主催のお二方、そしてここまでわたしの拙文を読んでくださったあなた!
ほんとうにありがとうございます。
そんなありがとうの気持ちをどうやったらあらわせるかなーと考えて。
せっかくの企画だし、期間も長いし、ということで、このお話について読んでくださった方の意見をお聞きして、その結果で続きを書きたいな、なんて思ってます。
アンケート期間は年末まで。とっても簡単なものなので、よければご協力お願いいたします。
お話は、企画終了までにアップできるように頑張ります。
ではでは。

快青冬リング

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