ひこうき雲
「じゃあ、いってきまーす。」
AM7:15
ほにゃほにゃの まあるい雲がまばらに浮かぶだけの五月晴れの月曜日。
今日はウサギ小屋の当番だったので、歩美はずいぶんと早く家を出た。
道の街路樹には前日の雨の置き土産がきらきら輝き、緑をさらに鮮やかにしていた。
「お天気がよかったからって、ちょっと早く出すぎたかなー」
葉っぱの水滴をぴんぴん弾きながら、ぶらぶらと歩いていると、後ろの方から小走りに駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「歩美ちゃ〜ん!」
「あ、光彦君」
駆け寄ってきたのは、クラスメートの光彦だった。
少し乱れた呼吸を整えながら、並んで歩きはじめる。
学校では、本ばかり読んでいてちょっととっつきにくい印象を与えている彼だが、幼馴染の歩美の前ではひとなつっこい笑みを浮かべ、いろんなことを話してくれる。
年の割りに博識な彼の話は、歩美にとっては興味深いものが多かった。
「今日はウサギさんの当番ですか?」
「うん、光彦君は早いんじゃない?」
「今日は日直なんですよ。手伝って欲しいことがあるから先生に早めにくるように言われたんです」
「そっかー、大変だね」
そんなことを話しながら信号待ちをしている時、歩美はビルの向こうにちかりと光るものを見つけた。
すぐにビルの陰に隠れてしまったので気になり、なんだったんだろう、と消えた方向をじっと見つめていると、ビルの反対側のほうから、白い奇跡を残しつつあらわれた。
「あ!ひこうき雲!!」
思わずあげた歓声に、光彦が反応する。
「歩美ちゃん、知ってますか?ひこうき雲をみっつ見つけると、その日はいい事があるそうですよ」
「そうなんだ〜!じゃあ、とりあえず今日は3分の1いいことがあるかなぁ」
「歩美ちゃんらしいですねぇ」
そんなことを話しながら校門が見えるあたりまで来る頃には、ひこうき雲は流れて青空に白い墨で書いたお習字の「一」の文字のように広がり淡い筋になっていた。
教室にランドセルを置いて、光彦と別れうさぎ小屋へと向かう。
「いつも小屋の中じゃせまいよね。ほら、新鮮な空気だよー」
一通り小屋を掃除し終わって、エサと水を補充した後、そんなことを言いながら、ウサギを小屋から取り出して胸に抱きしめる。
ふかふかの毛と、手に伝わってくるほのかな温かみが気持ちよくて、なんだかいつもよりも優しい気分になる。
ウサギも、歩美の懐で気持ちよさそうに風に当たっていた。
さわさわと毛をなびかせているのが気持ちよさそうに見えたので、もっと風にあててあげようと小屋から運動場の方を向いた時。
歩美は校庭のむこうに白い軌跡を見つけた。
「ふたつめだー・・・」
歩美は、ウサギを抱きしめたままいつまでも空を眺めていた。
もうひとつ見つけられないものかといつまでも空をながめていたので、授業開始時間ギリギリになってしまい、あわてて教室に戻ると、クラス中が転校生の話題で持ちきりだった。
「ねぇねぇ。どんな子がくるの?」
授業の用意をしつつ、隣の席の子に声をかける。
「なんか男の子らしいんだけど・・・・・・」
とそこで、がらりと教室の扉が開き、先生と一緒に、ウワサの転校生が入ってきた。
身長はさほど高くないけれど、大きな眼鏡が印象的な男の子。
「は、はじめまして・・・今日からこの学校に通うことになった・・・江戸川コナンです・・・ヨ、ヨロシク!」
ふと視線を移した窓の外には、みっつめのひこうき雲が真っ白な軌跡を描いていた。
2005/03/19