追跡



授業の終わりを告げる鐘が鳴っても、青子は机に座ったままだった。

最近の青子は、俺が話しかけても上の空で、なんだかいつもぼんやりしてる。
今日も朝から何か考え事をしているようで、傍目から見ても、授業聞いてねぇんだろうなぁというのが丸わかりだった。


明日は俺の誕生日。

いつもだったら「みんなでパーティよ!」なんて、一人で盛り上がって、準備に余念がないのに、今年はそういうのもない。
ひょっとしてサプライズか何か企んでいて、それをあれこれ考えて・・・なんて思ったりもしたけれど、こっそり準備している様子はうかがえない。
まったく、何かんがえてんだろな、コイツは。


「青子、あおこ、あーおこっ!なにぼんやりしてんだよ。帰ろーぜ?」
「あ、ご、ごめん!すぐ準備するから、ちょ、ちょっとまってね・・・」


3度目でようやく名前を呼ばれているのに気づいたらしく、出しっぱなしの教科書やノートを無茶苦茶にかばんに詰め込みはじめた。

おいおい、そんなにあわてなくても待っててやるから、ゆっくり片づけろって。
そう声をかけようとした時、教室の外から名前を呼ばれた。

「黒羽くん、いま、いいかな?」

今日は、全然サッパリ知らない女だった。



「青子、先に帰ってるね!」

いつの間にやらかばんに荷物を詰めこみ終わってたらしく、青子はそう言い残すと教室を飛び出していってしまった。

誕生日関連でないなら、青子のぼんやりの理由で俺に思いあたる節があるとすれば、コレしかない。

最近、呼び出されることが増えたのだ。





でも、俺は、青子が好きだから。

たぶん、気づいてないのは、青子だけだと思う。
だって、告白はみんな「中森さんのことが好きなのはわかってるんだけど・・・」って前置きつきだ。
だったらなんで告白してくるんだか俺にはナゾで仕方ないんだけど・・・それでも真剣だということは伝わってきたから、初めの頃は「俺ってモテモテだろ?」なんて、青子がやきもちでも焼いてくれないかという淡い期待を込めつつ軽い気持ちで自慢したりしていたけれど、いつの間にかそういう自慢はしなくなってきていた。



告白、してしまいたいのは俺の方。

もし好きだといったら、青子はどうするだろう?

青子が、俺のこと好きだという確信は、ある。

ただ、青子の「好き」という感情は、子供の頃のものと同じなんじゃないかと思えてしまう。
だから、俺に対してあんなに無防備でいられるんじゃないかと。

俺の中の「好き」と青子の中の「好き」という気持ちは、根っこは同じでも、成長具合が全く違う。

はやく、俺が男でオメーは女だって気づけよって、無性に腹が立つときがあるけど、俺は、そんな変わらないところも含めて青子のことが好きなんだってわかっているから、青子が俺のところに追いついてくれるまで、待っていたいとも思う。



それに、俺はまだ幼なじみとして以外に青子の横にいることが許されない。

パンドラ・・・という、俺をつなぐ鎖。

本当は話したくて、受け入れてもらいたくて仕方ないのに、すべてを知った時、青子に拒否されるのが怖くて、今、目の前から走り去って行ったように、青子が俺のところから消えてしまうのが怖くて、巻き込む訳には行かない、アイツをだましたまま、その手をとることは許されないなんていう言い訳で、無理やり想いを殺している自分が、時々情けなく思える。





はあ、と大きなため息をひとつ、でも、ナゾの女は、俺の様子なんて気にも留めず話し出した。

「はじめまして?だと思うんだけど、私、3年の大森って言うの。突然で申し訳ないんだけど、黒羽君にお願いしたい事ががあって・・・早く帰りたいのは顔をみてればわかるんだけど、ちょっと話だけでも聞いてもらえないかしら?」
「べつにかまいませんよ、先輩」

3年なら、顔知らなくって当然だよな。
しかも、相手の様子からして、告白というわけではなさそうだった。
大森先輩は、ずんずんと話し続ける。

「私、ボランティアで子供達の施設を回ってるの。施設といってもいろいろあるんだけど、簡単にいえば、身寄りがなかったり親御さんが養育できなかったり、そういう子が中心のところなの。それで、もうすぐ夏休みでしょ?みんなを連れて旅行にでも行ければ一番いいのだけど、金銭的にも、人手的にも足りない状態で・・・そこで、夏祭りを企画してるんだけど、子供達に、あなたのマジックショーを見せて欲しいのよ。きっと、すごく喜ぶと思うの。報酬は・・・ちょっとだせそうにないんだけど、考えてもらえないかしら」


全く予想もしなかった話に、なぜだか、はじめて青子に出会ったときの事を思い出した。

俺ののマジックに目を輝かせてたちっちゃい青子。
そこにいるのは、月下の奇術師ではなかったころの俺。

青子の笑顔と子供達の顔がダブってみえて、俺は即答していた。


「・・・いいですよ。とっておきの、考えときます」
「ありがとう!それじゃあ準備の関係もあるし、概要だけでもいま説明していいかしら?」

概要と言っても、5分やそこらで終わることはないだろう。
追いつけるかな、とちらっと時計を見た瞬間、鞄からノートを取り出そうとしていた先輩の手が止まり、ノートはまた鞄の中に消えていった。

「そうね、細かいことも含めて明日ゆっくり説明したほうがいいかもね。 中森さんも誤解してたみたいだから、早く追いかけたほうがよさそうだし?」
「へ?」
「3年でも有名だもの、あなた。人気者はつらいわね。あなたも声をかけた時は勘違いしてたみたいだけれど、私が他に好きな子がいるような男に告白するなんて誤解も解いておいて欲しいものだわ」
「けっ、大きなお世話だぜ」
「とりあえず、明日よろしくね。ほら、早く行った方がいいわよ」

ヒラヒラニヤニヤと面白そうに手を振る大森先輩と別れ、俺はダッシュで青子の後を追いかけた。





もっと先まで歩いてるかと思ったら、青子は恵子と何やら話しこみながらブラブラ歩いてた。
小走りで後ろまで追いつき、声をかけようとしたとき、耳に飛び込んできたのは・・・


「じ、じゃあ、快斗は青子が大人っぽくなったら青子とつきあってくれるかなっ!?」
「へ?」

声をかけるより先に口をついてでたのは間抜けな疑問形。
いま、いま、なんつったの、コイツ。

「へ?って・・・」

もんのすごい勢いで振り返った青子と視線が合う。
潤んだ瞳、長いまつげ、みるみる紅潮する頬、何か言おうとしたのか、薄く開かれた唇。
俺は頭の中が真っ白になって・・・・。










「・・・いいの、追いかけなくて」
「へ?」
「行っちゃったよ、青子。すっごい勢いで走って」


フリーズしていた体と頭が瞬時に融ける。
確かに目の前にあったはずの幼馴染の顔はキレイさっぱりなくなっていて、青子と思われる人影が、ずんずん遠く小さくなっていく。

ちょっとまて、なんでアイツいねーんだ!?

「まぁ、がんばって追いついてね」

あきれ顔の恵子を置き去りにして、すぐさま走り出す。


追いかけて、追いついて、それから。


俺の気持ち、親父のこと、キッドのこと・・・何から話そう。
何を話せる?

頭の中はぐちゃぐちゃだったけれど、でも、この機会を逃したら、なにかがダメになるという予感は確かだと思えたから。
追いかけて、追いついて、捕まえた後のことはそれから考えればいい。



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