相思相愛



「ったく、オメーは、ほんっとアホ子だな・・・」

控え室の椅子の背もたれにだらしなく体を預け、快斗は心底呆れた口調と視線を私によこした。

「やきもち〜?でも、お父さんのことも大好きだもん」
「いや、そこも含めてアホ子なわけだが・・・そうじゃなくて、青いものだけじゃ足りねーんだよ」
「へ?」

足りない、と言うのは、どういう意味なのか。
サムシング=何か。
ブルー=青。
何か青いもの、で間違いないはず。
もしかして、サム、シング、ブルー?とつぶやいた声が聞こえたのだろう。
アホすぎる・・・と、これみよがしに大きなため息をついた後、まるで子供に話すかのような口調で真実を教えてくれた 。

「他にも借りてきたもの、古いもの、新しいものがいるんですよー。青いものは、サムシングフォーのうちのひとつだ」
「ええーっ!そうなの!?ちょっと待って、でも、大丈夫だよ、たぶん。ドレスはレンタルだから借りてきたものだし、今日のパンツは新しいし・・・」
「だーっ!パンツとか言うな!」
「古いものってどれくらいー!?」

全然足りないのならまだしも、あとひとつ。
言い伝えだ、迷信だと言われればそれまでだけれど、お父さんにあんな話をしたからには、できればやっぱりちゃんとしておきたい。
古いものを探すべく、スツールから立ち上がろうとしたら、なれない高いヒールのせいでよろめいてしまった。
まずい、と思ったものの体勢は立て直せなくて、倒れる、と思った瞬間、いつの間に傍に来たのか、快斗がやんわり、ドレスが皺にならないように支えてくれた。

「あ、ありがと・・・」
「ったく、んなもの揃ってなくても、俺がちゃーんとシアワセにしてやっから、あわあわすんなよ」
「なによ、えらそうに!・・・でも・・・よろしくお願いします」

そう言って笑った顔は、悔しいけどとてもかっこよかったから、素直に頭を下げる。

「おう、任せとけ」

自信たっぷりに笑った快斗も、ちょっと見とれてしまうくらいかっこよくて、好きの気持ちが胸から溢れてしまいそうだったから、零れる前に快斗に体ごとぶつけた。

「えへへー。快斗、ダイスキ!」
「こら、ドレスで抱きつくな!シワになるだろが、ったくアホ子なんだから・・・」

そうは言うものの、抱擁は拒否されることはなく、腰にゆるくまわされた腕がまた嬉しかった。

「そこも含めて好き?」
「今聞くのかよ、それを」
「うん」
「あー、ったく・・・好きだよ」

快斗の腕の中、ささやかれた愛の言葉は甘く優しくて、とろとろと蕩けてしまいそうだった。
大きな 手のひらが頬をまるく包み込む。
近づく気配に、口紅は、後で引き直せばいいか、と瞼を閉じる。

「青子も」
「知ってる」
「知っているなら、そろそろ私たちの存在にも気づいてほしいものだわね」

油断していたところに、突然かけられた呆れ声。
驚いて振り返ると、扉の前には、よく知った顔が並んでいた。


「け、恵子ー!?だけじゃなくって、紅子ちゃんも!」
「こうもバカップルっぷりを見せつけられては、たまったもんじゃありませんわ」
「だったら、わざわざ控え室来んなよ・・・」

キスを邪魔された快斗はひどく不満そうだったけれど、あと数時間もすれば、みんなの前でこの続きをすることになる。
今日最初のキスは、やっぱり誓いのキスじゃなくっちゃね、と快斗に小さく伝えたらば、快斗は盛大なため息と、頬に軽くキスを残して、控え室から出て行った。


2010/09/20


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