ありがとう



9月に入り、いくぶんか暑さが緩んだとはいえ、まだまだ暑い日が続いている。
風呂あがり、冷蔵庫からビールを取り出し、ぐびぐびと飲み干せば、 渇いた喉に、冷えたビールの苦味が心地よかった。
青子から飲みすぎだとたしなめられてからというもの、1日1本だけ、と決めているけれど、 今日はもう1本飲まずにはいれなくて、再度冷蔵庫の扉に手をかけたところで、青子に声をかけられた。

「お父さん、いま大丈夫?」

「ああ、どうしたんだ、改まって」

青子が声をかけてきた理由は、本当はわかっている。
頭ではちゃんと理解しているし 、覚悟していたけれども、忙しい毎日に、いつもと変わらない生活に、なんとなく現実感が無く、まだまだ先のような気がしていたけれども、もう、その日は明日なのだ。
心臓が、どくん、とひときわ大きく鳴ったのは、もう1本ビールを飲もうとしていたのを見つかったからとか、少しまわり始めたアルコールのせいではないだろう。

取り出したビールの缶を片手に、のろのろと青子のいるリビングへと行くと、青子はリビングの床にぺたりと正座で座っていて、こちらの顔を見るなり、ぺこりと頭を下げた。

「お父さん、今まで本当にありがとうございました」

「・・・ドラマなんかではよく見るが、自分がその立場になると、なんだ、恥ずかしいもんだな」

「えへへ、そうだね。でも、言ってみたかったんだ・・・うん、言っておきたかったの」

自分なりに精一杯青子に関わってきたつもりだった。
しかし仕事仕事で、青子に寂しい思いをさせることも多く、 特にキッドの専任の間は、いつもキッドの事ばかり考えていて、青子にもずいぶんと迷惑をかけたものだった。
ありがとうございました、と言われたものの、親として青子に十分だったか、と自分に問えば、 もっとあれもこれもしてやりたかったと思うことばかりで、とても胸を張ってその言葉を受け取る気にはなれなかった。

複雑な想いが表情に出てしまったのだろう。
青子は、子供の頃から変わらない、まっすぐな視線をこちらに向け、少し照れたような表情で、笑いながら続けた。

「青子は仕事しているときのお父さんが大好きで、そんなお父さんを誇りに思ってる。青子はお父さんの娘に生まれてきて、よかったと思ってます。確かにね、子供の頃はお父さんがお仕事で青子との約束破るたびに悲しかったけど、でもそのおかげで青子は、快斗に会えたんだ。あの日、お父さんと出かけていたら、あの場所であんなふうに快斗に出会ってなかったら、きっといまこうやってお父さんに挨拶してないと思うよ?」

「しかし青子・・・」

そうは言ってくれているものの、やはり気持ちの整理はつかなくて、なにか言わなくてはと思えば思うほど、言葉が出てこなかった。


「お父さん、知ってる?花嫁って、式のときになにか青いもの身につけると、幸せになれるんだって」

「なんだ、やぶからぼうに」

「青子は生まれた時にお父さんとお母さんから青いもの、もらったから、それからずっと幸せだし、もちろんこれからだって幸せだよ。だから、ほんとうにありがとう、でいいんだよ」

自分は、この子からどれだけの幸せをもらってきたのだろう。
ありがとう、そう言いたいのは自分のほうなのに、うまく言葉に出来ない、態度にも出せない事がもどかしくてたまらない。
小さかったころ、よくやったように、よしよしと頭を撫でれば、青子の方からぎゅっと抱きついてきた。

「お父さん、ダイスキ!」

「快斗くんよりもか?」

「もー、いじわるなんだんだから!」

ぎゅうと、さらにきつく抱きついてきた青子は、もう小さな子供ではなかった。

「ワシのほうこそ、今までありがとう・・・幸せに、な」

快斗君が青子を不幸にするとは思えないけれど、それでも明日、自分の手から離れていく彼女が、これからも幸せでありますようにとの願いをこめて伝えた感謝の言葉。
青子はとても嬉しそうに笑って、大きくうなずいた。


青子、お誕生日おめでとう!

ということで、青子誕2010実行委員会の皆様、ほんとお疲れ様でした&ありがとうございました。
自分とこのサイトは更新ゼロなのに、性懲りも無く参加させていただき(いやでも今回はうちのサイトにも警部の話をアップしてます!)また、自分だけ楽しい話を書かせていただけて、ほんと感謝しております。
警部大好き!
そして、そんな話をここまで読んでくださったみなさん、ほんとありがとうございました。

2010/9/20


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