毛布




時計の針はちょうど一直線、AM12:30を指していた。
こんな時間に正面玄関から堂々と部屋に戻るわけにはいかなくて、建物の脇を回り、あらかじめ鍵を開けておいてくれと頼んでいた自室の窓へと向かう。
窓からは明かりが漏れていて、青子が待っていてくれているのがわかったけれど、それでも青子のこと、うたた寝してしまっているかもしれないからと思い、ゆっくりと気配を殺しつつ中へと入ると、一瞬にして視界の半分が真っ白なもやに包まれてしまった。
室内は居心地のよい温度に暖められていたけれども、冷え切った体はすぐには馴染んでくれず、暖気が体の表面を滑っていくようだった。

シルクハットと曇ってしまったモノクルを外し、ネクタイを緩める。
クリアになった右側の視界の隅に青子を確認し、ふうっ、と一息ついたところでかけられた、甘く優しいおかえりなさいの声。
続いてからだにふわりとかけられた毛布はやけに暖かかくて、冷えきった体をじんわり芯から暖めてくれるようだった。



「なんか、やけに暖けーな」
「ふふふ、私がくるまって暖めておきましたー」

気がきくでしょ?と得意そうにそう告げた青子の気持ちが嬉しかった。

仕事の間中張り詰めていた神経も、青子のいつもどおりの笑顔を見てようやく緩みはじめ、ついでに理性の方も緩んでとろけそうになる。
このタイミングで、そりゃまずいだろうと。
ペースを取り戻すために思いつき、口に乗せた言葉は、感謝の言葉でも、甘い言葉でもなかった。

「ぶ、サルみてー」
「猿とはなによ、猿とは!せっかく快斗が寒くして帰ってくるだろうと思って・・・」

さっきの笑顔は何処へやら、ぷんぷんと怒りはじめた青子。
やっぱりそれもいつも通りのやり取りで、ああ、俺は帰ってきたのだ、またこの場所に帰ってこれたのだという思いが胸を締め付ける。
言葉よりも、笑顔よりも、毛布に残ったぬくもりよりも、もっとリアルなぬくもりが欲しくてたまらなくて。

――なるようになれ。

俺は、さらに何か言おうとしていた青子に皆まで言わせず、セミダブルサイズの毛布の余ったすそを大きく広げてぐるりと包み込み、そのまま強く抱き寄せた。

「違う。動物の猿、じゃなくて」
「へ?違うの?じゃあ・・・」
「わかねーなら、いい」
「ちょ、快斗・・・」


言葉をさえぎるよう、半ば強引に重ねた唇。
でもそれは拒否される事はなくて、初めは突然のことに固くなっていた青子だったけれど、次第にからだから力が抜けていくのがわかった。
下唇を柔らかく啄ばみ、少し開かれた唇の隙間から舌を滑り込ませる。
青子は体をびくりと震わせ、そのまま床に崩れ落ちるように座り込んでしまった。
抱きとめて膝を落とし、さらに激しく青子のくちびるを求める。
やっぱり拒否される事はなく、青子の腕は俺の腰にゆっくりと廻された。

しばらくの間そうやって青子の柔らかな唇を貪っていたのだけれど、やがて無意識のうちに指をスカートの中へと滑り込ませそうになっていて。
さすがそれはまずかろうと、俺は漸くゆっくりと唇を離し、頭を青子の肩に預けた。
腕の中、懐に青子を閉じ込めてしまうのもよいけれど、青子の髪や、胸に包まれるのも悪くない。とりわけ、仕事の後は心地よくて。

「おつかれさま」
「おう。疲れたぞ」
「・・・お父さんは?」
「ああ、もうすぐ帰ってくると思うぜ。この吹雪じゃ探しても無駄だろうし、第一危ないから、そろそろ引き上げ時だろ」
「ちょっと!じゃあ、快斗達の部屋でこんな事してたらまずいじゃないの」
「だいじょうぶ、まだ」

毛布から逃れ出ようと、寄せ合った体を離そうとした青子を、もう一度強く抱き寄せ、その頬に、まぶたに、唇を寄せる。体を強ばらせて抵抗していた青子だったけれど、無駄だと判断したのか、くすぐったそうにしつつも、されるがままになっていた。
肩へ廻していた腕を腰へとゆるく落とし、耳たぶへとさらに唇を落とす。

「もう少し、だけなんだからね・・・・・」

そう言うと、青子は少し身を引いて、俺の頬へとゆるく唇を寄せた。

2006/01/15


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