本日開店



「おっかえりー。快斗遅かったね」
「青子まだいたのかよ、珍しい」

時刻は8時をまわったくらいで、まだ、と言うほど遅い時間ではなかったけれど、言われて見れば快斗のいないときに、こんな時間までいたのは初めてかもしれない。
部屋の合鍵はもらっていたけれど、主のいない部屋に勝手に上がってくつろぐにはまだ抵抗があったし、快斗が帰ってきたときに、友達や・・・彼女なんかがいっしょだったりしたら、ただの幼馴染と言う微妙な関係をどう説明したらよいかわからなかったから。

「いっしょにご飯食べようと思ってレポート書きながら待ってたんだけど、つい時間忘れて集中しちゃって・・・ちょうど帰ろっかなーって思ってたとこ」
「だったら泊まってけよ。帰りにDVD借りてきたからいっしょに見ようぜ。この前話してたやつ、オメーも見たがってたろ」
「うーん、DVDは見たいけど、お泊りは・・・」
「今日は警部いるのか?」
「キッドが予告出してきたから、今夜は帰ってこないんじゃないかなぁ」
「だったら泊まってけって」
「だから、寝るとこ、ないじゃない」

前に1度、ゲームに夢中になりすぎてひどく遅くなり、今夜は疲れた、送っていくのが面倒だと言うので、そのままなし崩しにとまっていたことがあった。
予備の客用布団など1人暮らしの男子学生の部屋にあるはずもなく、結局は青子がベッドを譲ってもらったのだけれど、緊張と、布団に残る快斗のにおいにどきどきして、ほとんど眠ることが出来なかった。


「またオレがソファーで寝れば問題ねーだろ・・・なんなら今回はいっしょにベッドでもいいんだぜ?」
「ばかばか快斗のえっち!」
「うわ、殴るなよ、まだ何もしてねーだろが!とりえず腹へったからメシ食おうぜ。青子も食ってねーんだろ」
「うん、じゃあちょっと待ってね。軽くあっためなおすから。今日は金曜日だからカレーだよっ」


最近の快斗は、すぐにこういう事を言ってからかってくる。
でも、それだけならまだしも。


「うわー、美味そうなにおいするよな。ハラ、減った・・・」
「ちょ、ちょっと快斗」
「ん?なんだよ」
「ち、近いよ」
「なにが」
「何がって、その、距離が」

焦げ付かないよう、ぐるぐるとカレーを混ぜる青子の肩に頭を預けた快斗は、ふんふんと鼻を鳴らしてにおいを楽しんでいる。
その息使いが聞こえるほど、快斗の吐息が耳たぶにかかるほどに、2人の距離は近く、あまつさえ、快斗の腕は腰にまわされている。
以前だって、ただの幼馴染というにはふれあいが多かったけれど、それにしても明らかに距離が近く、スキンシップが増えたような気がするのだ。

「オメー・・・近いとか言うけど、付き合ってんならこれくらいいいんじゃねーの」
「へ?」
「へ?」

青子は、快斗の爆弾発言に驚き、快斗は青子の反応に驚いたようだった。
しかし、驚きが大きいのはこちらである、絶対に。
いま、快斗はすごく重大なことをさらっと言っちゃってくれちゃったのだ。

「青子たち、付き合ってんの?」
「は・・・・はぁぁぁぁぁぁ?オメー、ナニ今更、なにを・・・」

今度は快斗のほうが驚いたようで、青子の肩に預けていた頭をがばりと起こし、がっしりと青子の肩をつかんで振り向かせたかと思うと、おでこがくっつくんじゃないかと思うくらいまで距離を詰めてきた。

「それじゃあなにか、オメーは付き合ってもない男の部屋の合鍵を受けとって、メシ作って待って、あまつさえお泊りまでしたのか」
「いやそれはその、だってほら、その、えっと、幼馴染だし」
「・・・俺はただの幼馴染に部屋の合鍵渡すほど、やさしい男じゃない」

一段と低くなった声には苛立ちがたっぷりと含まれていた。
言われてみれば、快斗の言っていることは至極当然なのだけれど、そんなこといわれても、いままでどこにただの幼馴染以上の関係になる場面があったというのか。
いくら考えても、思い出せなかった。

「そ、そんなこと言ったって、だいたい、青子スキとか、付き合おうとか言ってもらってないよ!」
「・・・言った」
「へ?」

快斗の声が、一段と低くなる。

「言ったぞ、ちゃんと」
「え、えええええ!?いつ?いつ!?」
「鍵渡した時に、ちゃんと言った!」

鍵。
そういえば、なにかもごもご言っていたような気はするけれど、合鍵という存在で頭がいっぱいになっていて、よく聞き取れていなかった。

「あ、えっと、その」
「オレは、ちゃんと言ったから。しかしあれだ、よく考えたら、青子からはまだ返事もらってなかったんだよな」
「へ?」
「オレは、青子からスキだとかお付き合いしますとか、聞いてない」

それはそうだろう、スキだ、という気持ちはいつもこの胸にあったけれども、それを声に出して快斗に伝えたことはない。
むしろ、今までの微妙な関係を壊したくなくて、ずっと出さないようにしていたのだ。

「それは、その・・・・」
「青子はどうなんだ?」
「そ、そんなの、今更聞かなくたってわかるでしょ」
「青子はわかってなかったじゃねーか」
「そ、それは・・・」
「返事をくれよ」
















「青子も、好き、です」


恥ずかしくて俯いたら、そのまま抱きしめられた。

言葉にしなくてもわかる、伝わっているはずの気持ち。
でもそれでも、確かなものが欲しいと思ってしまう。
言葉が欲しくて、言葉にださないと形にならないもの、始まらないことがある。



「俺も好きだぜ・・・青子」

青子の気持ちが伝わったのだろうか。

名前を呼ぶ快斗の声は今まで聞いた中でいちばん甘く、やさしかった。


今日からお付き合いはじまったよー、ってことで。
2011/04/26


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