忘れてしまった



最近、なにやら外出が増えたお袋にかわって、青子が食事を作ってくれることが多くなった。
好きな子の手料理が食べられるというのは、それはそれで嬉しいはずなのだけれども・・・。

今日も、俺の超高感度の魚センサーは食卓に魚料理を発見してしまった。
見た目はそうとはわからなくしてあるが、確実。
その皿だけキレイに手をつけないのを見た青子は、もう半分あきらめたような表情で、頬づえなんかつきながら こっちをジロリとにらんでいる。

「全く。快斗はほんとにお魚嫌いだよねー?」
「おまえさぁ・・・なんでわかっててこういうの出すわけ?」
「だって青子お魚ダイスキだもーん。快斗にだってお魚のおいしさを教えてあげたいじゃない!」
「そういうの何ていうか知ってっか?大きなお世話っていうんだぜ!ってゆうか なんでお前は魚平気なわけ?」
「へ?」
「へ?って・・・お前、覚えてねえの?」
「なに、なに。なんのこと??」

不思議そうに俺の顔を見る青子が嘘をついてるようには見えない。
大体、お袋に教えてもらうまでわかってなかったようだし、どうやら俺が魚を嫌いになった理由をほんとうに忘れてるみたいだった。









それは、俺たちがまだ小学生の頃。
その頃の俺は、まだ魚が嫌いってワケじゃなかった。

その日、青子とおれは、近くにある公園の池に来ていた。

ここの池には、子供がひとりで乗れるボートのようなもの ― 浮き輪にモーターをつけた感じのものを想像してくれ ― があって、男子達の間では、大人気だった。
はじめは興味なさそうだった青子も、おれたちが毎日のように学校帰りに池へ行くので興味を持ったらしく、くっついてきたと言うわけだ。


「あおこ、乗るの初めてなんだよね〜。ちょっと どきどきしてるんだ」
「へーきだって!なんてったて、このおれが教えてやるんだからよ!」
「オレたちの中じゃ快斗がいちばんだもんな!」
「よろしくおねがいします、かいと先生!」
「おう、まかせとけ!」


池の東側に小さな桟橋が作られていて、ボートにはそこから乗り込むようになっている。
土日には少し遠いところからも子供たちがやってくるので人であふれかえるが、平日ならこのあたりの子供しか来ない。
そのせいか、ここのおじさんは、おれたちからはほとんどお金をとらなかった。

ぐらぐらゆれるボートにこわごわ乗り込んでる青子を横目に見つつ、おれは自分のボートに飛び乗り、おじさんにエンジンをかけてもらう。
ボートには番号がふらられていて、みんな自分の乗るボートを決めているようだった。
暗黙の了解ってやつだな。
ほかにもおれたちの間には、暗黙のルールってもんがあった。
例えば・・・・


「ちょっとぉ、あぶないよ!」
「へーき、へーき、ぶつかったって大丈夫!」


ただ、ボートに乗るだけだったら、おれたちはこんなに夢中にならなかっただろう。
人気の秘密はコレ。
ボートはゴムの浮き輪で出来てるので、ベーゴマのようにぶつかりあい、ぶつけあう。

あまり激しくやるとひっくり返ってしまうので、そこらへんは微妙な力加減が必要になってくる。
実際に水の中に落ちた奴もいたけれど、そういうギリギリのスリルが楽しくて仕方なかった。

スリルがあると言うことは、当然、危険も伴ってくる。
そんなわけで特に話し合ったわけではないけれど、人の多い休日にはやらないとか、初心者や女の子は巻き込まないとか、岸から離れすぎたとこではやらないとか、とにかくおれたちの間ではそんな暗黙のルールがたくさん作られていた。


「おれ、ちょっとぬけるな!」


青子が、ようやくボートに乗り込み、おじさんにエンジンをかけてもらってるのを見て、おれはゲームの輪を離れた。



「そっちふむと・・・あ、そっとだぞ、動き出すから。で、これで方向転換」
「こ、こう?」
「そうそう、で、とまる時は、ここ引っ張るんだ。」
「こうかな?」
「お、青子はなかなかスジがいいぞ!」
「えっへん!」

そんなかんじで青子に操縦の仕方や力加減を教えていると、その横をものすごい勢いでボートがすり抜けていった。

「ひゃっ!」
「・・・アブねーなー」

そいつは、ここでも学校でも見たことがない顔だった。
おれたちより、ちょっと年下に見えるそいつは、最初のうちは水の上を我が物顔で走り回っているだけだったけれど、そのうちゲームに見よう見まねで参加しはじめた。
当然、おれたちのルールなんてわかっているはずもなく、手当たり次第に、しかも力任せに攻撃を仕掛けるので、みんなそいつには近づかなくなっていた。
奴もそれが気に食わないのか、だんだんと無茶をするようになってきた。


「おい、それくらいでやめとけよ!」


つい、声をかけてしまったのが、さらに奴の気にさわったらしい。
じっとこっちをにらむと、そいつのボートはおれたちのほうに向かって突進してきた。
おれはゲームでなれていたけれど、今日はじめてボートに乗った青子には怖くて仕方なかったらしく、そうじゅうかんを離して、ボートの中で体をかばうようにして小さくなった。
あおこのボートは、その勢いで大きくかたむき、横をすり抜けた奴のボートが起こした波で、さらにすくいあげられるような状態になった。

「きゃーっ!!」
「あおこ!」

次の瞬間、ばしゃんと大きな水音がして、青子は水の中へと吸い込まれていった。

「あおこ!!」

もう一度名前を呼んでみたものの、青子は一向に浮かび上がってこない。
・・・青子はクラスの中でも泳ぐのは得意な方なのに。

奴の方をジロリとにらむと、自分のしたことが思いのほか大事になってしまったので、どうしていいのかわからないというかんじで、青い顔をしたまま水面を見つめているだけだった。
岸のほうを見ても、おじさんの姿は見えない。

ちっと舌打ちをひとつして。
おれは冬の池に飛び込んだ。

あおこは気を失ってるのか、ぶくぶくどんどん沈んでゆく。
池はそれほど深くなかったので、青子は水底にぺたりと倒れていた。
抱きかかえ、急いで水面へと向かう。

もうちょっとで水面にたどり着く、まさにその時。
エサに飢えた鯉たちが、おれの顔から足から露出してる部分にくちゅくちゅと吸い付いてきて・・・

「ぎ、ギャー!!!」



なんとか青子を連れて桟橋のとこまで泳ぎきったものの、それ以来、魚を見るたびにあの気色の悪い感触を思い出してしまう。
それはもう形容することの出来ない、これ以上ないってくらい気持ちの悪い感覚で、それを口に入れるなんて・・・・考えただけでも恐ろしいしおぞましいぜ、まったく。





「ああ、そういえばそんなことあったよねー」
「って、やっぱり覚えてねーのかよ!」
「だって・・・落っこちた時、びっくりしてなんだかわからなくなっちゃって。気がついたら快斗が毛布にくるまってぶるぶるしてたとこしか覚えてないよ」
「お前・・・」

あれ?ってかんじで笑ってる青子に悪気がないのはわかってるけれど。
がんばって助けた挙句、あんな目にあったのに、肝心のコイツが忘れちまってて、苦労が全然報われてないなんて・・・がっくりと肩を落とす俺に、幸運の女神に愛されまくってる女が追い討ちをかけてきた。


「そっか、青子のせいで魚キライになっちゃったんだね・・・。よーし、青子のせいで魚が嫌いになったんだったら、今度は青子が好きにしてあげるよ!ささ、手始めにコレ食べてみて?自信作だからおいしいよ!」

世にも恐ろしいセリフを吐きながらニコニコと皿を差し出す青子。

「だーっ、勘弁してくれー!!」


机に突っ伏してる俺を、帰ってきたおふくろが不思議そうにながめていた。


  

2005/01/09

佐々木さんに贈呈したように思います。


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