場所は、警視庁近く。


少し時間をつぶしてきてくれないかと言われ、俺はぶらりと散歩に出かけた。
まだ裸の街路樹の間を吹き抜けてゆく風は、以前のように頬を突き刺すものではなく、温く撫でるものに変わっていて心地よい。
頭も心も軽くしてくれるような、そんな気候が心地よくて、すぐ戻るつもりにしていたけれど、もう少し足を伸ばしてみることにした。

並木道を抜けたところ、一件の店の前で俺は足を止めた。
その店の一角は、バレンタインの翌日からホワイトデーのお返し売り場へと衣替えされていて、落ち着いた色を基調にラッピングされた菓子たちがところせましと積み上げられていた。しかしバレンタイン前の戦場のような喧騒は姿を潜め、ぱらぱらと似つかわしくない菓子の類を手に取る男達の姿があるだけだった。
蘭へ渡すものはもう用意してあるので、その店に用など全くなかったのだけれど、そんな中にひとり、見覚えのある横顔、制服を見つけたから。
彼女は、棚の物をあれこれと手にとっては、次々と腕にかけたカゴに掘り込んでいた。
ガラス越し、俺の視線に気付いたのか、くるんと振り返えった彼女は、ぶんぶんと大きく手を振り、店の入り口のところから顔を出した。

「新一君!」
「やっぱり、青子ちゃん」

ヤツの台詞を借りて言えば、俺も彼女に弱い。
できればあいつの関係者とはお近づきになりたくはない、と言うのが本音なのだけれど、こうして親しげに呼び止められれば、無視することなんて出来ないほどには。

蘭とよく似た面差し。
でもそこにはまだまだ幼さが残っていて、本人には言えないが、まるで昔の蘭を見ているような気持ちになる。妹のように思える時すらあって、だからこそ快斗からと、彼女から。あれこれと食い違う話を聞くたびに、イライラと心配が募るので精神衛生上は非常によろしくないのだけれど、もともと時間つぶしのための散歩だったので、俺はそのまま店の中へと歩を進めた。

「こんな所でなにしてるの・・・ってそれ、ホワイトデーの、だよね?」

手にしたカゴには、キャンディーやビスケットの箱がいっぱいに入れられている。
自分で食べるには多すぎる量。しかもあらかじめきちんとラッピングされているものも多くて。

「これ?これはね、お父さんと、それから快斗の」
「へ?」

驚いた俺の顔を見て、青子ちゃんはくすくす笑う。

「青子が2人にあげる分じゃないよ。お父さん最近頑張ってるからって、バレンタインデーに職場の人たちがたくさんチョコをくれたの。でもホワイトデーのお返しなんて、どうしたらいいかわかんないって言うから、青子がかわりに選んであげることにしたんだよ。で、今日そのお買い物に行くって行ったら、いっしょにもらってた快斗が、ついでに俺の分も、って・・・・・・」
「いっしょに?」
「あれ?快斗言ってないの?今ね、お父さんのお手伝いとかしてるんだよ。って言っても新一君みたいに現場に行ったりするわけじゃなくて、暗号の解読とか、どういうトリック使うのかとか、快斗も一応はマジシャンだから、いろいろ参考になるんだって、時々2課に顔出してるんだよ。新一君はよく1課のお手伝いしてるから知ってるかと思ってた」
「2課のお手伝いっ!?」
「うん」


本当に一体。何を考えてるんだろうか、あいつは。

暗号とかトリックとか。自分で考えてるんだからわかるに決まっている。
それに自らヒントを与えてるなんて・・・よほど捕まらないという自信があるのか、それとも自分に都合のいいように解釈させているのか。どちらにしても、やってる事が大胆すぎるし、どう考えても状況を楽しんでいるとしか思えない。

それより。それならば許せないのは、14日のこと。

―― なぜ、こんなところに・・・?

あんな事、いけしゃあしゃあと言っていたけれど、ぜってーわかってて警部にヒントを教えなかったに違いない。
蘭のおかげで忘れかけていた怒りがまたふつふつと湧き上がってくる。
何も知らない青子ちゃんは、どうして俺がそんなに驚いているのか、そして少しむうっとした表情になったのか、不思議で仕方ない様子だったけれど、どうやら「仲良し」(この勘違いだけはホントに勘弁して欲しい)の俺が、隠し事されていたのに腹を立てていると勘違いしたのか、話題を逸らそうとしていた。
いいんだ、青子ちゃん、そうじゃないから気を使わなくても。
でも、話してくれた内容は、また頭を抱えたくなるようなものだった。

「そ、そうそう、仲良しなんだよ、快斗とお父さん、気が合うみたいで。この前なんて、二人していっしょに帰ってきて、打ち上げだーって家でお酒飲み始めちゃって。お父さんなんて、よし、このままうちの子になれー、とか言ってたんだよー。」

最後のところ、少し呆れたような口調だったけれど、いやだなんて思っていないことは明白だった。

―― 本妻は、青子に決めてっから

あの言葉にだけは偽りはなかったようで、情報収集兼ねて、着々と俺様中心未来予想図への布石を打ってるらしい。
どんだけ悪なんだよ・・・・・・なにも知らずにいる彼女を見ていると、もうなんとも言えない気持ちになって、くらくらと軽い眩暈を感じ、目の前の棚に視線を移す。

「新一君は蘭ちゃんに?」
「いや、俺はもう用意してるから」
「そっかー・・・・・・ちょっと、羨ましいな」
「でも、青子ちゃんも快斗にあげたんだろ?だったら・・・・・・」
「うん、でもね、快斗ったらいっしょにスキなの買っておいていいぞ、なんて言うんだよー。ま、仕方ないよね。ただの幼馴染なんだし。それに去年はバレンタインがなんなのかすらわかってなかったんだから、大進歩」
「そうなの?」
「そうなの。なんか、チョコがたくさんもらえる日だって思ってたみたい。信じられないよね」

そう言う彼女は、今の立場に、関係に特に不満を持っているように見えなかった。

騙されている、はず。
すべてがでたらめで、真実なんてどこにあるのか、すぐにはわからなくて。
俺の前のあいつ、彼女の前のアイツ、どちらが本物でどちらが嘘なのか、正直わからなくなるときがある。
そんな真実を暴いて、白日の下にさらけ出す、それが俺の仕事だし、彼女のためにそうしてあげたいと言う気持ちに偽りはないのだけれど、結局色んな事を彼女に告げる気になれないのは、告げれずにいるのは――青子ちゃんとそして警部と、二人がなんだかとても楽しそうだから。


―― 嘘は、嘘だとわかったその瞬間、嘘になるんですよ。それまでは、嘘じゃない・・・


そう言っていたのは月の下、何時のことだったろうか。
ひらひらと手を振って店から出て行く彼女の後姿を見送った後、俺は盛大にため息をつき、決意を固くする。

次こそ、覚悟してやがれと。


2006/03/12


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