例えばそれは。

どこかの誰かさんみたいで。
放っておくと、お父さんにくっついてどこまでも危ない事に首を突っ込むから。
ついつい手を取ってしまったり。
ソファーでウトウトしている寝顔があんまりにもかわいかったから。
気付かれないようにちょっと頬っぺたにキスしてみたり。
一人っ子の私だから。
「蘭ねーちゃん!」って呼ばれるのが、なんだかくすぐったくて嬉しくて。
ぎゅうって抱きしめてしまったり。

少し前までは意識せずにできていた、ちょっとしたスキンシップ。
どうしてかな。何時からだろう。
コナン君のちょっとした仕草だとか、ふとした時に見せる表情だとか。
そういったものにどきりとする事が増えて、なんとなく躊躇してしまうようになったのは。





期末試験最終日。テストは午前中でおしまい。
苦手な科目が重なってしまったので、ゆうべは遅くまで参考書とにらめっこしていたから、お昼ごはんを食べた後眠たくって仕方がなかった。

お皿を洗わなくちゃと思いつつ時計を見ればまだ1時を少し過ぎたところ。

お父さんやコナン君が帰ってくるまでまだ少し時間があるよね・・・。

ちょっとだけ、ちょっとだけだからと。
自分自身にそんな言い訳をして、私はそのまま昼下がりの心地よいまどろみに身を委ねた。



どれくらい そうしていたのだろうか。
ふわり、と包み込まれるような、柔らかで暖かい感触に、少しだけ意識が浮上する。

あ、れ?
首筋に触れる、柔らかな布の感触。私肌掛けなんて羽織ってたっけ・・・。
キッチンの方からは、じゃぶじゃぶじゃーじゃーと水の流れる音が聞こえてくる。

だ、れ?
起きなくちゃと思っても、体が、まぶたが思うように動いてくれなくて。
やがて水音がとまり、訪れる静寂。
ああ、これってまだ夢なんだ。
お皿を洗う音は、きっとお母さん。子供の頃はご飯を食べたらすぐに眠くなってしまって、
陶器のぶつかり合うかちゃかちゃと言う音や、テレビから聞こえる野球中継の
アナウンサーの声を聞きながら、よくこんな風にうとうとしてたっけ。
そうそう、時折お父さんがお母さんを呼ぶ声なんかがしたりして。
ふたりで何かくすくす笑ったりしてたな。

懐かしい――シアワセな記憶・シアワセな夢
何時までも続くと信じていた優しい時間

「―― らん」
お父さんともお母さんとも違う、でもよく知っている聞き覚えのある声と、
ふんわりと優しく頭を撫でられる感覚。
小さな手は、そのまま下へと降りてきて、私の頬を伝う暖かな・・・これ、私の、涙?

しん、いち?

逢いたくて、切なくて。例え思い出の中の少年の新一でもかまわないから。
少しでもその顔が見たくて。
夢の中で、ゆっくり、ゆっくりと重いまぶたを持ち上げたつもりだったのに――

「蘭・・・・・・」

目の前には、すらりと伸びた子供らしい細い腕。
その先には、見慣れた大きな眼鏡。

「コナン、君?」
夢じゃ、ない―― ?
「お、おはよう。蘭ねーちゃん。こんなとこで寝てたら風邪ひいちゃうよ?」
そう言って、とっさに腕を引っ込めて笑ったコナン君は、やっぱりいつものコナン君だったけれど。
意識がはっきりする前に聞こえた、私を呼ぶ声。そして一瞬の表情。
あの声を、眼差しを、忘れる事ができなくて。

寄せては帰す波の泡ように繰り返し繰り返し沸き上げっては消えていく疑惑。

夢じゃなく、現のまやかしでなく、誤魔化しなんかきかないくらい、まっすぐに私の眼を見て名前を呼んでくれたなら、そうすればこのもやもやとした気持ちに、答えが出せる。

あなたの声で、もう一度名前を呼ばれたい、なんて。
いつか、その声で。それとも電話ごしでしか聞くことの叶わなくなった声で。
真実を聞くことができるのだろうか。

その時が何時かはわからない。
今までのように、何も知らないふりで過ごしていけるかどうかはわからない。

でも、それまではこのまま、このまま少しの戸惑いを抱いてあなたを待っているから。

200/10/05 江戸川コナンの日