甘い声音で、ささやいて



幼馴染と恋人の違いって、何だろうと思っていた。

そもそも、改めてお付き合いする、ということ自体、ピンときていなかった。

今まででも。
時間が許す限りいっしょにいた。

朝は青子が迎えに行くし、起きてこないときは、部屋まで起こしに行ったりもする。
休み時間に教室でおしゃべりしたり、時には追いかけっこしたり。
授業が始まっても居眠りばかりしている快斗をそっと起こしてあげたり。
お昼休みは、恵子を交えていっしょにご飯を食べることもあるし、午前中の授業をさぼって屋上で居眠りしてる快斗を起こしに行くことも多い。
帰りも、快斗が早退したりしないかぎりは、いっしょだ。
途中寄り道したり、そのまま快斗の家でゲームして帰ることもあるし、青子の家でご飯を食べることだってある。
お休みの日も、お互いの都合が合えば、一緒に出かける。
お父さんへの差し入れにだって、いつも付き合ってくれていた。

そんなことを恵子に話したら、恋人というより、もう夫婦ね!なんてからかわれるくらいで。

だから、お互いの関係を説明する呼び方が変わっても、ふたりの関係そのものは何一つ変わっていないように思えた。思っていた。


でも。


「青子」


甘く、ひくく、ささやくように。
耳元で名前を呼ばれた瞬間から、二人の距離が、世界が変わってしまった。

ただ、名前を呼ばれただけなのに、ぎゅうと胸が締め付けられ、苦しくなる。
つながれた手が、からめた指が、熱い。
いつもより近く、合わせた視線も、いつもの快斗からは想像できないくらい、優しくて。

快斗が愛しくて、泣きそうになる。
自分が、こんなに快斗の事が好きだったなんて、この瞬間までわかってなかった。

「かい・・と」

だから、この苦しさと、愛しさが少しでも伝わるようにと、せいいっぱいの気持ちをこめて名前を呼んだ。
それはまるで、自分の声じゃないみたいに耳に甘く響いて、驚いた。
快斗も、一瞬驚いたような表情を浮かべたけれど、すぐに強く抱き寄せられた。
背中にまわされた腕の力は強く、苦しいくらいで、そのまま抱きつぶされてしまいそうだった。

かろうじて動く腕をゆっくりと快斗の腰へとまわし、負けないくらい、強く抱きしめる。

「かい・・・・・」

もういちど、ささやくように名前を呼ぶ。
愛しくて、大切な人の名前を。

でも、それは快斗の唇へと吸い取られ、最後まで声にならなかった。


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