気まずい体育館裏



今日は、ほんとうに、ついてない。

目が覚めたのは、いつも家を出る時間。
お父さんがキッドのせいでいなかったから、快斗が今日は迎えに来なくていいと言ったから、なんていうのは完全に言い訳で、日ごろ快斗に「遅刻はダメ!」と口うるさく言ってる手前、遅刻するなんて絶対出来なくて、大慌てで家を出たけれど、間にあわなかった。
その快斗はちゃんと学校に来ていて、ずっと寝ていたくせに青子が遅刻してきたのはわかってたみたいで、後でさんざんイヤミを言われてしまった。

さらに、入れておいたはずの課題のノートが見つからなくて、「めずらしいな、中森」なんて先生にはちくりと言われるし、あわてていたので当然お弁当なんて作ってられなくて、購買でパンを買おうとしたらお財布もなかった。

とにかく何もかもがうまくいかない大安吉日月曜日、こういう日は、さっさと家に帰ってしまったほうがいいのだけれど、今週は掃除当番で、普段なら無敵のゴミ捨てじゃんけん、やっぱり派手にひとり負けして、ごみを捨てに行く事になってしまった。

同じく当番のはずの快斗の姿が見えないので、他の子に聞いたところ、なにやら用事があると言って、フケたらしい。
ほんっと、調子がいいんだから!

時刻はもう4時を少しまわっていた。
冬の夕暮れは早くて、あたりは少しずつ橙色に色づきはじめていたから、 距離的にはそんなに変わらないけれど、人気がないから全力疾走できる体育館の横を通り抜けて、体育用具室の前を通り過ぎようとしたときに、自分の名前を呼ばれた気がした。


「・・・やっぱり中森さん・・・・・」

え、わたし?

江古田高校に、中森と言う生徒は青子一人しかいなかった、はず。
本来なら立ち聞きなどシュミではないし、絶対にしないのだけれども、他でもない自分の名前が出たことが気になって、フル回転していた足を止め、声のするほうへとゆっくり近づいていった。
体育館に併設されている用具室の陰から体育館の裏手をこっそり覗けば、男女が二人なにやら話し込んでいる。

俯いて赤い顔をしている少女には見覚えがあり、男のほうはこちらに背を向けていたので誰だかはっきりわからなかった。
これは明らかに告白の場面で、覗き見てしまったことに申し訳ない気持ちでいっぱいになり、慌ててその場を立ち去ろうとしたとき、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

「だって、みんな言ってるから」
「いや、青子はほんとに。ただの幼馴染」
「だったら!」
「悪いけど、つきあえねーよ・・・・・・だって、好きじゃない」

この声は、かい、と――

思わず、振り返りもう一度ふたりを見れば、女の子の顔は、さっきとは違って今にも泣きだしそうに、ぐにゃりと歪んでいた。



さすがに告白されている場面に出くわしたのは初めてだったけれど、快斗は、人気者だというのは分かっている。
そして、青子のこと、ただの幼馴染だって言われるの、慣れっこになっていたはずなのに。

でも、いつからだろう。
そのあたりまえの関係説明する言葉を聞くたびに、胸が締め付けられるように痛み出したのは。
そして、どうしてだろう、本人から直接から直接、面と向かって言われるよりも、他人に対してもそう言われる事の方が胸に突き刺さるのは。
そのぎゅうっと締め付けられる感覚に素早く動くことが出来なくて。

気がつけば足早に彼女が私の横をすり抜けていくところで、はっと気付いて意識を戻した視線の先には快斗が立っていた。

「・・・・・・よぉ」
「あ、えっと、ごめん。そんなつもりじゃなくって」

お互いにそれ以上の言葉はでてこなくて、二人の間に沈黙だけが流れる。
立ちすくんだまま、動けなかった。


何か、言わなくちゃ。


「ご、ごめんね、立ち聞きするつもりはなくって、たまたま通りかかったらその、青子の名前呼ばれた気がして、それで・・・」
「ん?あー・・・それよりオメー、んなもんいつまで抱えてるんだ?サッサと捨てて帰ろーぜ」

泣いていた彼女、モヤモヤしている自分の気持ち。
それに比べて快斗の態度があまりにもいつも通りだったので、思わず責めるような口調で言ってしまった。

「快斗、さっきのはちょっとヒドイんじゃない?あんな言い方・・・」

快斗はちょっとムッとした様子で、青子からゴミ箱を奪い取り、振り返りもせず焼却炉のほうへ歩きはじめた。
どうして快斗が怒るの?
釈然としないまま、あわてて後を追いかけた青子のほうは振り向かず、快斗は厳しい口調で吐き捨てるように言った。

「だったら、オメーならどうするんだよ。よく知らない奴に好きだって言われたら。ホイホイ付き合うのか?それとも優しくして、期待持たせるのかよ」
「それは・・・・・・」


答えることができず黙り込んでしまった青子に対して、大きなため息ひとつ。
そのまま長い沈黙が続く。
快斗は辿り着いた焼却炉の中にゴミを放り込み、乱暴に扉を閉めた後、くるり青子の方を振り返って、ぽつりとつぶやいた。


「ヒドイのは、オメーだよ」
「え?」
「わかんねーなら、いい。ほれ、教室戻るぞ」


ゴミ箱を青子に押し付けると、快斗はまたぷいっと背を向け、歩きだした。
その表情はわからなくって、何を思ってそんなこと言ったのか、心の中はさらにわからなかった。



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