夜明け



普段なら、仕事の後に青子の家へ立ち寄ったりはしない。
青子が一人きりで居るのは自分のせいだから、だからほんとは寂しくないように傍にいてやりたい気持ちに偽りはないけれど、その留守中に上がりこむには、自分の立場はどうにも後ろめたく、許されないような気がしていたから。

もう俺たちは子供じゃない、大丈夫。
そういつも自分に言い聞かせていたけれど、今夜は、今夜だけは。
なぜだろう、叶わないとわかっているのにどうしようもなく青子の顔が見たかった。
想像ではなく、本物の青子を見たくて、ただ存在を確認できるだけでもよかった。



青子の部屋からは、カーテン越しにうっすらと灯が漏れていた。
電気を消し忘れて寝ちまったんだろうな、なんて考え、ため息をついた自分がまるでストーカーのようで思わず漏れる苦笑。
そのままその場を立ち去ろうとしたその時、がらりと勢いよく窓が開かれる音がした。

「やっぱり。快斗だ」
「おめー、まだ起きてたのかよ。寝不足はビヨーの敵だぜ」
「うーん、なんだろ、なんとなく快斗に会えるような気がして」
「なんだそりゃ」
「わかんないけど、なんとなく。ね、疲れてる?」
「いや、警部にはワリーけど、今日も楽勝だったから」
「・・・じゃあ、ちょっとお散歩しない?」

じっと俺を見つめていた青子は、ちょっと複雑な表情で笑った後、すぐ行くから!とカーテンの向こう側へと消えていった。
程なく家から出てきた青子と、どちらからともなく手をつなぎ、ぶらぶら並んで歩き始める。

「今日の、というか近頃、黒羽さんちの快斗君は元気ないですねー?」
「そうか?」
「うん・・・なんか、悩み事?あ、お仕事のことじゃ青子じゃ役に立たない、けど」
「いや、ちょっと。考え事・・・ってほどのものではないんだけど」
「そ、っか」

はじめの勢いはどこへやら、仕事の後は行かねーと言っていたのに突然現れたこと、煮え切らない返事、そしていつもとはちがう雰囲気からなにか感じるところがあったのか、青子はそれ以上は追及せず、そのまま黙って隣を歩いてくれた。
ただ、思考の渦に沈んでいく俺に、ささやかに存在を告げるかのように、つないだ手を、ほんの少し強く握り返して。

勝手に会いに来たのは俺の方なのに。
青子の心遣いが嬉しくて、でも、口をついて出たのは、ありがとうではなく、仕事の後、拭っても拭っても拭いきれない焦燥と不安だった。

「・・・俺に見つけられるんだろうか、希望(パンドラ)は・・・」

青子はやっぱり黙ったまま、でも、つないだ手をさらに強くにぎりしめてきた。

「期限は決まっている。見つけだせなくても ―でも、ヤツらにだけは渡したくない。その日が来れば全てが終わる。わかってる、ちゃんとわかってるんだけど。今日、さ。夜空を翔けながら夜景を眺めてたら、天にも地にも、こんなにたくさんの光で満ちているのに、そのスキマを翔けている俺にはもう居場所なんてどこにもないような、どこからもはじきだされちまっててるようなそんな気がして仕方なくて―― 」

自分自身で選んで始めたことだから、後悔なんて、ない。
なのになぜだろう、今夜はどうしようもなくそんな事が頭から離れてくれなかった。

「居場所はなくならないよ」
「へ?」

ふいに声をかけられて、驚いて顔を上げた俺の瞳を、青子は正面に見つめて、笑った。

「快斗がいる、その場所が快斗の居場所なんだから。そこで、できることを精一杯やるしかないよ」
「青子・・・」

目を閉じて思い出す、今日の夜空と夜景。
あんなに冷たく疎ましく思えた町の灯。
でもその中に青子のいる光があると思うだけで、全然違って見えそうで。

俺の居場所は、なくならない――

ゲンキンだなって思うけど。
いつか、いつか青子にこんな気持ちもうまく伝えきることが出来るのだろうか。

「ほんとはね、ぜーんぶ、受け売りなんだけどね」
「誰のだよ」
「ナイショ、だよっ!」

そう言って勢いよく俺の手を振り解き、目の前に飛び出してきた青子の向こう側には、少し明るくなり始めた空、薄く淡く天の川が広がっていた。


受け売りの相手は、たぶんEさん((笑))


<<