記念日



それは、学校からの帰り道。

サッカーボールを、ぽんぽんとリフティングしながら歩く俺と、時折それに突っ込みを入れる灰原の方をちろちろと振り返りながら、歩美、元太、光彦の3人は、何やらこそこそと相談していたようだったが、ふいに元太が立ち止まり、宙高く蹴り上げたサッカーボールと俺の首根っこを捕まえながら言った。

「なぁコナン、また博士が新しいゲームを作ってくれたんだぜ」
「ふーん・・・」

全く興味のなさそうな俺に、光彦がフォローを入れる。

「あ、今度のゲームはキッドのものじゃないですよ」

本物のキッドに遭遇してからというもの、少年探偵団の中で軽いキッドブームが来ていて、つい先日も博士に頼んで、いけ好かない白いキャラが不規則に動き回って宝石を集めるゲーム、なんてくだんねーもんを作ってもらっていたのだ。
俺としては、それを邪魔する方が抜群におもしれーんじゃないかと思うのだけれど。

「明日から連休だし、みんなで博士のところに泊めてもらってやるんだよ。・・・コナン君も、来るよね?」

いつもなら有無を言わせずメンバーに入っているか、興味なさそうならすぐに諦めるのに。
回りくどく話をふったり、ちょっと心配そうにわざわざ確認をとるあたり、何かを企んでますと言っているようなものだったが、3人が何をしようとしているのか全然見当がつかなかった。

・・・ちょっとつついてみるか。


「一応、蘭ねーちゃんに聞いてみないと・・・」
「それなら絶対大丈夫だぜ!」
「・・・なんで聞きもしてねーのに、んな事わかんだよ」
「あ、それはですね、それは・・・そう、今日じゃなくて明日。明日の夕方からですから」
「明日?休みなのに朝からじゃねーのか?」
「ええと、博士と哀ちゃんちょっとお出かけするみたいで・・。」
「・・・色々必要な物があってね。昼間は買い物に行くのよ。そうね、5時ごろには帰るからそれ以降に来て頂戴」

このまま質問を続けるとボロを出しそうなこいつらにさらっとフォローを入れ、俺がそれ以上追求できないようにしてやるあたりからして、灰原も何か聞いているのだろう。
現に歩美は灰原にありがとうと言わんばかりの目線を送っていた。

「じゃあ、明日の夕方6時。博士んちに集合な!」

楽しみにしているから!とそう言い残して、3人はそそくさと家の方へ向かって駆け出していってしまった。
灰原は、と振り向くとなにやら意味深な笑みを浮かべ、それじゃあ、とやっぱりすぐにその場から立ち去ってしまった。

「なに企んでんだか・・・」

足元のポールをぽんと高く蹴り上げて。
俺は休みの間に読む本を補充するため、本屋の方へと向かって歩きはじめた。






夕食後、自分の分といつまでも晩酌をしていてその場から動かないおっちゃんの分の食器をまとめてキッチンへ持って行くと、一足先に席を立っていた蘭がフライパンや食器を洗い始めていた。

皿を洗う、と言う行為は調理に比べて楽しみも少なく、面倒くさいはずなのに、蘭はとても楽しそうに皿を洗う。
ジャージャーと言う水音と、蘭のハミング。
俺はなんとも言えないその空気というか雰囲気が大好きだった。

もうちょっとそんな蘭を見ていたくて、その場で皿を持ったままなんとなく声をかけれずにいた俺に気づいた蘭が、水を止めて手を差し出す。

「あ、お父さんの分も持ってきてくれたの?ありがとう、コナン君」

食器を渡すと、蘭はにっこりと笑ってそれを受け取り、またふんふんと鼻歌を歌いながら皿を洗い始めた。
やっぱりもうちょっとその場にいたくて。
俺は流しの隅から踏み台を持ってきて、隣に並んで洗い上がった皿を拭くことにした。

蘭の鼻歌を聴きながら、もくもくと皿を拭いていた俺だったが、ふっと明日の泊まりのことを告げていないと思い出した。
もともと、親元を離れて居候しているわけだし、基本的に信用されているらしく、たびたびの外泊に関して「ダメ」と言われた事は一度もなかったが、食事の準備のこともあるので、毎回蘭には確認を取っているのだ。

「ねえ、明日なんだけど博士の家に泊まってもいい?」
「あら、今度は何するの?家って事はキャンプじゃないんだよね」
「新しいゲームができたからってみんなが・・・」

ますます目が悪くなっちゃうぞ、と。たしなめるような口調で俺の顔を覗き込んで言ったけれど、顔は明らかに笑っていた。

「楽しそうじゃない、行ってくれば?お父さん、明日はいないみたいだし、私もちょうど用事があるから、コナン君家に一日一人じゃ寂しいもんね・・・っと、終了〜。ほんと助かったわ、コナン君」

蘭の用事がなんなのかちょっと気になったけれど、蘭は皿を食器棚に戻した後、そのまま自分の部屋へと戻ってしまったのでそれ以上聞きだすことはできなかった。
リビングに戻ると、酔っ払ったおっちゃんがぐでぐでと寝転がっていて、なにやら絡んできそうだったので、俺も今日買い込んで来た本を読むため部屋へと戻った。










遅くまで小説を読んでいたので、目が覚めた時には昼前になってしまっていた。
しばらく布団の中でごろごろしていたけれど、のそのそと起きだしパジャマのままリビングへ行くと、机の上には朝食と蘭からの手紙が置かれていた。

ちょっと出かけてきます。
夜更かしばっかりしてちゃだめだぞ〜

置かれていたサンドイッチをキレイに平らげた後、時計を見ると、まだ1時前だった。
約束まであと4時間。
俺は、もうちょっと本を読むため部屋へ本をとりに戻った。







「おい、博士。はーかーせー!・・・なんだ、いないのか?」

声をかけても、一向に返事はなく、家の中はシーンと静まり返っている。
少年探偵団のみんなが来ていれば、もっとガヤガヤしているはずだが・・・。
鍵は開いているし、博士と灰原の靴が並んで置かれているので2人は買い物からは帰ってきているだろうと。
勝手知ったる博士の家、返事を待たずに上がりこみリビングの扉を開けたその瞬間。


「ハッピーバースデーイブ!コナン君!!」
「なっ・・・」

周囲から一斉に鳴り響いたぱんぱんというクラッカーの音と、四方八方から飛んでくる紙テープに驚いてその場で固まっている俺の顔をみて、笑いがおこる。

「やったー!大成功だね!!」
「こんな顔のコナン君、なかなか見れませんよ」
「そうそう、いつも澄ました顔してるもんなぁ」
「ふふ、驚いてる驚いてる」

げらげらと笑う元太のの隣には、用事があると言って出かけたまま戻ってこなかった蘭の姿もあった。

「ら、蘭ねーちゃんまで・・」


蘭ねーちゃんと歩美ちゃんが、まだよく状況が飲み込めていない俺の手を引いて、さあさあとテーブルのところへ連れて行く。

「このお料理、私と哀ちゃんと蘭おねーさんで作ったんだよ」
「ケーキの飾りつけは俺達だぜ!」
「自信作ですよ!」

テーブルの上にはずらりと料理が並べられ、大きなケーキも用意されていて、きれいに生クリームでデコレーションされたスポンジ(多分ここを光彦がやったのだろう)の上には、これでもかと言わんばかりに苺が並べられていて(で、そしてこっちが元太に違いない)そして真ん中にはでっかく「Happy Birthday Conan」と書かれたチョコレートのプレートが乗せられていた。


「元太君や光彦君の時は学校でおめでとうって言えるけど、コナン君のお誕生日、絶対にお休みでしょ?」
「だったら、時間があるからみんなで準備してコナンを驚かせてやろうってなったんだ!」
「プロデュースは、僕です!」

得意そうに種明かしをして喜ぶ3人の顔は、ほんとうに満足そうだし、思いがけない事にまだちょっとぼんやりしている俺の顔を見ながら、灰原はくすくす笑っている。

「12時になったら、みんなでもう一回オメデトウしようね」

ちょっとクリスマスみたいでしょ?と。
俺を挟んで蘭と歩美ちゃんが顔を見合わせて笑っていた。





「さーて、もうすぐ12時じゃ。みんな、クラッカーやグラスは持ったかの?」

今日は特別じゃ、と。自分ひとり本物のシャンパンを飲んで少し赤ら顔になっている博士がみんなにクラッカーを配り始めた。
俺のところには、シャンメリーがなみなみと注がれたグラスを持った灰原がやってきた。
手渡しながら、くすりと笑みをこぼし問いかける。

「思い出の誕生日になりそうかしら?」
「ああ・・・」

俺がグラスを受け取ると同時に、再度室内にパンパンと言うクラッカーの音が鳴り響き、少年探偵団の3人と博士が肩を組んで歌を歌いはじめる。

「ハッピーバスーデー!」
「おめでとうコナン君!!」
「コナン君も哀ちゃんも蘭おねーさんもこっちおいでよ!みんなで歌ってるとこ、写真とろうよ!」

と言う歩美の声に、オイオイ俺がも歌うのかよと心の中で突っ込みを入れつつ、みんなの方へと向き直ったそのとき・・・。

「ああ、それから。工藤君もおめでとう、17歳」

そういい残してふいっとその場からみんなの方へと灰原が歩きだしたそのとき、ポケットの中のケイタイがぶるぶると震えてメールの着信を知らせはじめた。






蘭から、メール ――

新一、お誕生日おめでとう!
今年も面と向かって、一番におめでとうっていえないかもしれないけど・・・でも、ケーキ用意して待ってるから早く事件を解決して来てね!






正直、自分の7歳の誕生日の事はあまり覚えてはいない。
おそらく、普通に学校へ行って、夜にオヤジやお袋と祝ったのだとは思うのだけれど。
いつの間にやら誕生日は国民の祝日になってしまい、学校へは行かなくなった為、両親と別れて暮らすようになってからは蘭に言われてようやく思い出すような状態だった自分の誕生日。

「自分が生まれてきた大切な日なのに、どうして忘れちゃうかなぁ・・・」


今までは、毎年蘭にそう言われ続けていたけれど。

7歳と17歳、いっぺんにお祝いの言葉をもらった去年の今日のこと、アイツらとのこと、忘れられるわけなんかなくて。
だから、もう忘れない。忘れられない。
自分の生まれた日のことを。


向こうのほうから、「工藤君、ちょっと」と呼ぶ目暮警部の声が聞こえる。
たぶん、新しい証拠が見つかったに違いない。

ぱたんとケイタイを閉じて。
今年も待ってくれているであろう人の元へ少しでも早く帰るために、俺はくるくると回り続ける赤い光の方へと足早に歩き始めた。

 

2005/05/29

わかりにくくなってしまったのですが、元に戻った工藤さんがお誕生日に去年のお誕生日の事を思い出してるということなのです。
これ、企画に出したもののような気がします。


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