キズナ



「うーし、腹ごしらえ完了、っと」

持参の弁当は2時限目の体育の後、育ち盛りの腹にしっかりと収められていて。
さらなる補給を要求する腹の虫をなだめるべく、俺は授業終了のチャイムと共にとダッシュで購買へと向った。
昼休み名物惣菜パン争奪戦を要領よく切り抜け、ちゃっかりゲットした戦利品の数々を教室へと戻り着くまでにキレイに胃袋へと収め、そのまま自分の席へと戻って束の間の午睡を楽しむ体勢に入る。
ぽかぽかとやわらかな晩秋の陽射しが差し込む窓際の席で、うとうととまどろみの世界へと向かいつつあった意識の隅に、少し離れた席で青子と恵子がまだ弁当を食べながら今夜のキッドの予告について話している声が流れこんでくる。


「めずらしいわよね。絵を狙うなんて」
「結局はなんだっていいのよ、泥棒なんだもん!でも今回はキッドキラーの男の子もいるって言ってたし、ついにキッドも年貢の納め時よ!」

箸をぎゅうっと握り締め、鼻息も荒く言い放つ青子に苦笑いしていたが恵子だったが、ふと思いついたのかひとつの疑問をなげかけた。

「ねぇ、今更なんだけど。どうして青子はそんなにキッドのこと嫌いなの?」
「へ?」
「だって、初めの頃はそんなに嫌ってなかったよね?」
「そ、それは・・・・・・だってバ快斗が・・・」

―― 俺?
思わぬところで青子の口から出てきた自分の名前に、遠のきかけていた意識が引き戻される。
確かに、言われてみればである。俺がキッドを始めた頃は、青子はそれほどキッドの事を嫌っていた風ではなかった。
いや、むしろ俺に「怪盗キッドにはかなわない」だの、「足元にも及ばない」だの、キッドの肩を持つような発言だってしていた。

いつからだろうか。めったに人の事を悪く言わない青子が、あんなに語気も荒くキッドを罵るようになったのは。


「だって、バ快斗がお父さんことへボ、なんて言うから」

だからなんで俺なんだ?
俺が警部の事をヘボと呼ぶ事と、怪盗キッドの事が嫌いということ。
どう考えてもつながりを見つけることなんてできなくて。

―― ひょっとしたら青子にバレてしまっているのだろうか――

そんな俺の焦りには気付くわけもなく、青子はぽつりぽつりと恵子へと語り始めた。

「快斗は・・・快斗は今までお父さんがどんなに頑張って仕事してきたかよく知ってるはずなんだよ。なのに、キッドが現れてからヘボだなんて言うようになって。だから、だから快斗がそう思ってるなら、お父さんの事知らない人たちは、みんなそう思ってるんじゃないかって。なんか、そう思うと悔しくて。お父さんあんなに頑張ってるのに。それを盗ったもの返して来るような、遊び半分の・・・・・・」
「そっか・・・・・・」

最後の方ははっきり聞き取れなかったけれど、青子の気持ちは痛いほど伝わってきた。


その気持ちは、俺も同じように持っているものだから。

そう、例えば今夜のニセキッドの予告状。
以前にもキッドの名前を騙られたことがあって。

放っておいてもかまわないはずなのに、どうしても首を突っ込みたくなってしまう。

それはキッドとしてオヤジが築き上げてきたものを壊されてしまうんじゃないかという不安。
もし、ニセのキッドがそのまま本物と認識されてしまったら。

怪盗キッドは、親父のものだ。
そしてそれは自分が引き継いだ、オヤジとの絆。

キッドの名を騙っただけの、なにもわかっちゃいない奴によって、それを壊されるのは我慢ならない。
そう、例えばあの名探偵と戦うと言う危険を犯してもかまわないと思えるくらいに。


青子の大きなため息を後ろに聞きつつ、おれはまぶたの裏に夜空を駆ける白い影を思い浮かべていた。







「おいおい、犯人はキッドなんだろ?君の担当じゃないか!」
「こいつはキッドのヤマじゃない・・・奴は人の命だけは盗らねぇからな・・・」

予告時間を前に起きた殺人事件。
キッドが犯人だと言われても全然おかしくない状況なのに、慌てる目暮警部へ、きっぱりはっきりと言い切ってくれた警部。

この全幅の信頼は一体どこから来るものなのだろうかと――。

確かな事は、それは俺ではなく、オヤジへと向けられているものであるということ。
オレの知らない二人だけの絆。
それゆえに、警部は今もキッドを追い続ける。

警部はこんなにもキッドを、いや、オヤジのことを理解してくれていたのに。
そしてオヤジは、絶対に警部の事をヘボだなんて言わない。思ってなんかいなかったはずで。

―― すんませんでした、警部。

俺は心の中で手を合わせ、踵をかえす警部の背中を見送った。

2005/11/13


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