残ったもの



「これでよし、っと。うん、やっぱりぴったりだね」

そういってにっこり笑いながら、袖口から手を差し入れて襟を整え、そのまま帯を締めにかかる。
ぎゅうぎゅうと締め付けられる感覚は、洋服に慣れている者にとっては少し苦しさを伴うものの、しゃんと背筋が伸びる間隔はやはり心地良いものだった。

「はい、出来上がり。ごめんね、遅くなっちゃって。やっぱり人に着せるのって勝手が違うみたい。でも、男前に出来上がったぞ、コナン君」
「ありがとう、蘭ねーちゃん。じゃあ、行ってくるから」

そう言って― 心持顔が赤いのは浴衣姿を誉められて照れてるせいかな?― コナン君は、勢いよく階段を駆け下りていく。
その背中に向かって声をかける。

「博士と一緒だからって、遅くなっちゃダメだよ」
「うん!」

今日は、近くの神社の夏祭り。
コナン君は少年探偵団のみんなと一緒に浴衣で出かけることになったらしく、許可はもらったからと新一の子供の頃の浴衣を引っ張り出してきていたので、私が着付けてあげていたのだ。
窓から道路の方を見ると、カラカラと下駄を鳴らして駆けていく後姿が目に留まる。
その姿は本当に子供の頃の新一のように見えた。

「そういえば、子供の頃は私たちも毎年行ってたんだよね・・・」

お父さんのご飯の支度を済ませたら、私も行ってみようかな?
夕食にはまだ少し早い時間だけれど、蘭は自分の部屋ではなく台所の方へと向かった。





久しぶりに訪れた神社は、思っていたよりも賑わっていた。
家族連れの姿が目立ち、子供達は手に手に夜店の戦利品を持って楽しそうに歩いている。
蘭はくるりと周りを見渡して、思った以上に狭く小さく感じるそこに、改めて自分が大きくなったんだなと感じた。
子供の頃には、ものすごく長く感じられた参道やそびえ立つように見えた境内への階段が、大人になった今となって短く低く感じられ、子供の頃にはあんなにたくさんあったように感じられた夜店も、実際はそう多くはなかった。

それでも、お父さんは射的が上手で、大きなぬいぐるみとってくれたなぁとか、お母さんは綿あめが好きで必ず買ってたっけとか、新一はいつも上手くいかない型抜きに夢中になってたっけとか、そうそう、たっくさんひよこを持って帰って、こんなにどうする!?のと怒られたたこともあったなぁ、と言った小さな思い出とともに一つ一つながめていくと、参道をぶらぶら歩くだけで驚くほど時間が早く過ぎてゆき、境内へと続く階段へたどり着く頃には、辺りはすっかり真っ暗になっていた。
階段を上り詰めたところで、振り返えて参道の方を眺めると、煌々と灯が連なり、まるで闇に中にぴかぴかと光るじゅうたんが敷かれているようだった。

お祭りに来るたび、新一とここから下を眺めるの大好きだった。
闇夜にぴかぴか光る夜店の提灯は、日の光に透けてぴかぴか光るビー玉とおんなじくらいキレイだって。
かき氷を食べながら、2人でここに座っていつまでも夜店の光や行きかう人たちを眺めていたっけ・・・。
あの頃と変わってしまった目線。そして、今ここに、わたしの隣に新一はいない。
あの日、すぐに追いつくからと言って別れた後、大きく変わってしまった2人の距離。
事件だ事件だとすぐにいなくなってしまうものの、望めばいつでも手の届く範囲にいた彼。
思い出の風景には、いつも彼がいたのに。
もうどれくらいになるのだろうか。私の思い出から、新一の姿がなくなってしまってから。

なんで、こうなっちゃったのかな ―

じわりと目の前の景色が滲みそうになったその時、服の袖が下からついっと引っ張られた。
驚いて、袖口の方、目線を下に向けると、そこには懐かしい顔があって・・・

「しん、い・・・じゃない、コナン、君?」

新一の浴衣を着ているからというだけでなく、その雰囲気があまりにも思い出の中の彼とだぶって見えて、思わず息を呑んで固まってしまった私の手にコナン君は何かをぐいぐいとを押し込めて握らせた。

「これ、蘭ねーちゃんにあげる」

手の中の、硬くて細長い、でも冷たくはない感触。
これは、割り箸?

「みかん飴?」
「・・・お日様の味がするから、元気がでるよ。・・・じゃあ、もうみんなのとこに戻らないといけないから・・・」
「あ、ちょっとコナン君!」

そう言うと、コナン君はあっという間に人ごみに中へと消えていってしまった。

「お日様の味、か」


そういえば ―

あれは、何歳の頃だったか、とにかく季節は冬だった。
お父さんとお母さんのケンカを見ていられなくて、思わず家を飛び出したあの日。
そのまま行くあてもなく近くの公園のブランコにゆられていたら、いつの間にか目の前に新一いて。
新一は手にあまるほどに大量のみかんを持っていた。

「どうしたの?こんなにたくさんのみかん。」
「みかんは・・・冬に太陽を運んできてくれるから。だから元気が出るんだぜ?」

大真面目にそんなことを言って、座ってる私の膝の上に、バラバラとみかんを落とし、ひとつ取り上げて、私の手に握らせてくれた。
ひとつぶとって食べてみたみかんはとっても甘くて、本当にお日様が融けてるんじゃないかって言うくらい甘くて。

「新一らしくないこと言って・・・でも、ありがとう。ほんとに美味しいよ」
「ま、お袋の受け売りなんだけどな」

精一杯の笑顔でお礼を言った私にそっぽを向いてそう言った新一。
コナン君に、これをもらうまでは忘れてしまっていた大切な思い出のひとつ。
たとえ今そばにはいなくても、彼のくれた、ささやかだけど大きなものが私の中にたくさんあるのがわかる。
いつか新一がここに帰ってきた時、こんな風に新一を思っていたことすら、新一との思い出のひとつになるのかもしれない。

「コナン君に、お礼言わなくっちゃ」

手の中のみかん飴をぎゅっと握りなおして、蘭は境内の方へと歩き始めた。

 

2005/05/29


2005キャララン+新一コナンBD

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