レシピ



2月6日 夜

週末の夜、リビングでコーヒー片手にぱらぱらと小説を流し読みしていたら、めずらしく電話が鳴った。
ここの家に電話をかけてくる人間は限られている。特に夜は。

ほいほい、と体型に似合わない軽やかなステップで博士が電話へと駆け寄る。
笑いを交えながら、なにやらごにょごにょと話した後、おもむろにわたしの名前を呼んだ。

「おい哀くん、歩美くんから電話じゃよ」
「吉田さん?」

明日になれば学校で会えるのに、このタイミングで電話?
一瞬、いぶかしく思ったのが口調に出てしまったらしく、電話口からは迷惑だったかと心配するような、申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

「もしもし・・・」
「もしもし、哀ちゃん?ごめんねこんな時間に」
「かまわないわよ。でもこの時間に、しかも電話でなんてめずらしいわね。どうせ明日会えるのに」
「だって、なかなかふたりっきりになれないでしょ?」

ヒミツの恋人同士のようなかわいらしいことを言ってくるので、思わず笑みがこぼれる。
そして、彼女の突然の電話の訳もなんとなく予想がつき始めていた。
だってもうすぐ・・・。

「あのね、突然なんだけど、お願いがあるの」
「何かしら?わたしに出来ることで、みんなに秘密という事は・・・14日のことくらいよね」
「さすが哀ちゃん!あのね、わたし今年はみんなに手作りのチョコをあげたいなって思ってるんだ。でも、お父さんが歩美にはバレンタインなんてまだ早いって・・・。だからね、週末博士のおうちのキッチンを貸してもらうことにしたの」

ひらひらのエプロンなんかつけて、キッチンでチョコ相手に格闘する彼女の姿があまりに容易く想像できて、吉田さんらしいわね、とまた口元に笑みがこぼれる。

「で、哀ちゃんも一緒に作ってくれないかなって思って」
「わたし!?」

思いもかけない提案に、ちょっと声が大きくなってしまった。
わたしが手作りチョコなんて、ガラじゃないから。
博士が驚いたような表情でこっちを見ている。

「今ね、本を見てるんだけどなんだか難しそうなの。でも、哀ちゃんと一緒だったら大丈夫なんじゃないかって思うの!・・・だめかなぁ」

どうして電話の向こうにいるはずの彼女の顔が鮮明に見えるのだろう。
きっと、受話器にしがみつくようにして答えを待っているにちがいない。

ふっと、ため息と一緒に笑いがもれる。

「・・・いいわよ、なんだか楽しそうだし」
「やったぁ!ありがとう!!」

電話でなければ、首筋にかぶりつかんばかりの勢いで抱きついてきたにちがいない。
結局、わたしはいつも彼女には甘いのだ。
電話を切ってソファーに戻ろうとしているわたしを見て、博士はにこにこと楽しそうだった。





2005/02/06







2月12日 PM12:50 阿笠邸

「いらっしゃい、約束より少し早かったわね」

玄関には、スーパーの大きな袋を持った女の子。
ほっぺたは寒さで真っ赤になっていた。
走ってきたわけではないと思うけれど・・・。

「ドキドキして、はやく家でてきちゃったんだ。で、そのあたりを散歩してたの。あ、おやつにケーキとかも買ってきたんだよー」

自分でお菓子作るなんて、すっごい楽しみでー。
えへへと笑って、そんなことを言いながら、彼女は阿笠博士にケーキの箱を渡している。
失敗したチョコを食べる・・・そんな考えなんてこれっぽっちも浮かんでないのが、前向きな彼女らしい。

「入って、とりあえず準備はしてあるから」

そのまま、まっすぐにキッチンへと向かう。
調理台の上には軽量カップやボウル、泡立て器や小ナベといったものがずらりと並べられていた。

「すっごーい、博士の家って、結構なんでもあるんだね」
「とりあえず、思いつくかぎり使いそうなものを出しておいたんだけど」
「うんっ、コレだけそろってれば安心だよ」
「で、どんなチョコを作ることにしたの?」

木曜日の放課後、みんなの目を盗んで図書館で「はじめて作る簡単チョコレート菓子」なる本を前に、ふたりで相談してみたのだけれど、写真を見ているとあれもこれも・・・となってしまい、結局その本を借りて今日までに何を作るか考えておいてね、ということになっていたのだ。

「あのね、コレにしようと思うの」
「トリュフ?」
「うん。で、ここ見て」

指さしたのは、ページのなかば当たり。
「ここがポイント!」なる囲みがあって、中のガナッシュチョコはいろんなバリエーションが楽しめますといったことが書かれていた。

「コナン君は、あんまり甘いの好きじゃないけど、元太くんとかはうんと甘い方がいいだろうしって考えてたら、もう何がいいかわかんなくなって。でも、これだったら、見た目一緒だけどひとりひとり違うのにできるでしょ?コナン君って、よくコーヒー飲んでるからコーヒー味で、光彦君は紅茶、元太君はココア、博士もコーヒーかなって思ったんだけど、抹茶もいいかなぁなんて思ってるの」

名案でしょう?って笑う彼女。
彼らに割り当てられたお茶のイメージがぴったりすぎて思わずふきだしてしまった。

「その量をひとりで作るのは、確かに大変よね。とりあえず、最初はふたりでチョコを刻んで・・・、ああ、博士を抹茶にするなら、ホワイトチョコレートの方がいいんじゃない?」

袋の中から取り出したチョコレートは、みんなミルクチョコレート。
この作り方でミルクチョコレートに抹茶を混ぜても、風味はほとんど損なわれてしまいそうだった。

「言われてみればそうかも。じゃあ、わたしちょっとホワイトチョコ買いに行ってくるよ!」

そういって、出て行った彼女を見送って、ふうっと ひと息。
エプロンをつけようとした時、入れ替わりに博士が入ってきた。

「あら、博士。なにか用でも?」
「ガラではないなんて言っておったのに。結構詳しいのう」
「・・・そうね、お姉ちゃんが好きだったから」

誕生日やクリスマスだけでなく、季節のイベントごとに ―― 例えば、イースターやハロウィンといった日本ではまだあまり馴染みがないようなものから、アメリカにはないバレンタインにまで ―― 留学先にはこまめに手作りのお菓子が送られてきた。

ご丁寧に、手書きのレシピまでつけてくれていたので、時間のあるときになんとなく作ってみたりもしていたのだ。
おふくろの味、ってわけじゃないけれど。
それらのお菓子たちの甘さは、ふとした時に感じてしまうさみしさを少し和らげてくれていた。

日本へ戻ってからは、全然作ってなかったわね・・・・・・。

戻ってきた吉田さんといっしょに大量のチョコレートを刻みながら、みんなにお姉ちゃんのよく作ってくれたマフィンでも焼いてみようかしら・・・なんて。ぼんやり考えていた。





作業が一段落した時、タイミングよく博士がリビングから声をかけてきた。

「そろそろ3時じゃよ。お茶を入れて、ひとやすみせんかね?」
「いいわよ。じゃあ吉田さん、先に行っててくれる?」
「うん、じゃあ向こうで待ってるね!」

彼女はパタパタと博士を追いかけてリビングの方へと行った。
無意識に紅茶の缶に手を伸ばした自分に気づいて、苦笑いがもれる。
博士と2人っきりの時は、いつもコーヒーで、紅茶なんて飲まないのに。
ほろ苦いコーヒーとは違って、やわらかい紅茶の香りは、まるで彼女みたいにかんじられて。
ふわり、とたちのぼる紅茶の湯気がやけにやさしい様な気がした。

紅茶を淹れて、リビングへ向かうと、博士と吉田さんが箱の中身とにらめっこしていた。

「チーズケーキと、アップルパイと、ショートケーキ?」
「哀くんはショートケーキじゃろ。こう見えてイチゴが好きじゃから・・・・・・」
「こう見えて、は余計よ博士。わたしはアップルパイでいいわ。チーズケーキは博士好きでしょ。ショートケーキは、吉田さんが食べれば?」

以前、彼女がショートケーキが一番好きと言っていたのを思い出して、持ってきた取り皿の上にショートケーキをのせ、彼女の前に置いた。

「ふーん、哀ちゃん、イチゴ好きなんだ・・・・・・」

ショートケーキを見つめてちょっと考えた後、「お礼だよ」とにっこり笑って。
彼女はショートケーキの上のイチゴをわたしのケーキの上に乗せてくれた。





2005/02/11







2月14日

放課後、少年探偵団は阿笠博士の家に集まっていた。

「はいっ、みんな!これは、光彦くんで、こっちは元太くんのだよ」
「ありがとうございます!」
「うめーなー、コレ!」

元太は、さっそく包みをあけてつまんでいる。

「こっ、これはコナンくんに・・・」
「ああ、サンキュ」

歩美はちょっと顔を赤らめながら、コナンに箱を手渡した後、部屋に入ってきた博士のところへも小さな箱を持っていく。

「はい!博士っ!!」
「お、ワシの分もあるのか?嬉しいもんじゃのう」
「当然だよ!博士のおかげで作れたんだもん!!」
「こっちは、わたしからよ」

手に持ったトレイの上には、飲み物と暖めなおしたチョコレートのマフィンが6つ。
市販品とは明らかに違うことにみんなちょっと驚いているようだった。

「灰原がねぇ・・・」
「何か言いたそうね、江戸川君。安心して、ちゃんと食べられるわよ。ああ、ヘンな薬混ぜたりもしてないから」
「いや、別にそんな事は・・・」

ごにょごにょと言い訳なんかしながら、マフィンに手を伸ばし、おそるおそる一口食べた後、まじまじと私の顔を見てぽつり失礼な事をつぶやいた。

「・・・フツーに、うめぇな」
「いえ、とってもおいしいですよ!」
「なぁ、もうねーのか?」
「ありがとう。たくさん作ってあるからよかったら持ってくるわよ」
「頼むぜ!!」

元太のリクエストに答えて、キッチンからマフィンを持って戻ってくると、歩美が、手提げ袋から小さな包みを取り出している所だった。
・・・さっき、みんなに渡してしまっていたはずだけど・・・?

「はい。これ、哀ちゃんにだよ!」
「え、わたし?」

バレンタインは、男の子にチョコをあげることになってるはず。
まさか自分の分があるなんて思っていなくて。

「うん、あれから家でひとりで作ってみたんだ。わたし哀ちゃんのことだって、みんなとおんなじくらい大好きだし、ひとりだけチョコないのってさみしいかなって思って。こういうのは友チョコって言うんだって」
「あ、ありがとう・・・」

よく考えたら。
自分も吉田さんを頭数にいれてマフィンを作っていた。

なんだかんだいっても、お互い考える事は大差がないんだって思うと、またちょっとふんわりと暖かいものをもらってしまった気分になった。

一粒つまんで食べたチョコは、甘酸っぱいイチゴの味。
・・・・・・菓子屋の戦略にはまるのも、そんなに悪くないわね。


2005/02/14 バレンタイン


ええと・・・。ものすごく自分のシュミに走りました!!コ蘭←歩+哀ってのがどうにもコナンの基本みたいで。歩美ちゃんと哀ちゃんが仲良くしてるとうれしくてたまりません。そうです、わたしは哀歩が大好きです!!歩美ちゃんが、灰原さん→哀ちゃんになるお話とか大好き!49巻に収録されるであろうエピソードで火がつきました(苦笑)
書いてるほうはめちゃくちゃ楽しかったので、その楽しさが少しでも伝わるとよいのですが・・・。


おまけ:
チョコレートとクリームチーズのマフィン(12個分・型が12個分なので)

マフィンの生地
薄力粉:150g ココア:30g きび砂糖:120g ベーキングパウダー:小1 塩:少々 卵:3個 牛乳:1/4カップ
サラダ油:3/1カップ強 バニラエッセンス

フィリング
クリームチーズ:250g きび砂糖:50g 卵:1/2個 チョコチップ:80g

家にあるもので作っちゃうので、ミシマ家では砂糖はきび砂糖なのですが、しつこい感じになるかもしれません。
マフィンのほうは上白糖、フィリングのほうはグラニュー糖にするほうがおいしいと思います。


準備
クリームチーズを室温に。やわらかくしておかないと、練るのが大変です。
オーブンを180℃にあたためる。

1:ボウルにクリームチーズをいれ、ゴムべらでクリーム状になるまで練る。
  へらに固まってくっつかないくらい。そこへ砂糖と卵1/2個を入れる。
2:よく混ぜて、なめらかになったらチョコチップを入れて混ぜる。フィリング完成
3:別のボウルで卵3個を泡だて器で溶きほぐして、
  牛乳、サラダ油、バニラエッセンスの順に加えてよく混ぜる。
  先とか同時に油を入れると、分離して大変なことになります。
4:薄力粉、ココア、砂糖、ベーキングパウダー、塩をあわせる。
  2〜3等分してふるいながら3へ加え、そのつど練らないように混ぜる。
  この、練らないように「さっくり」って基準がいまだよくわからず(苦笑)
  とりあえずゴムべらをたてにして、ボウルに突き刺すようにやってます。生地完成
5:マフィン型の半分くらいまで生地をいれる。
  紙カップなら2/3弱ほど(コレだと12個も出来ません)
6:生地の上に、フィリングをのせる。
  焼きあがった時、キレイに見えるようにのせるべきなのでしょうが結構テキトウ(苦笑)
6:オーブンで20分ほど。
  フィリングはゆるめの方がおいしいので焼き過ぎないように様子見ながら。
  紙カップの場合なら、また少し時間が長くなるので様子を見てください。





2005バレンタイン

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