「シアワセ」はどこにある。



なにやら真剣にノートパソコンに向かう新一の向かい側、ソファーにもたれて文庫本を読む。

キーボードのカタカタと言う音と、文庫本のページをめくる音だけが部屋に響く。
コーヒーの白い湯気のむこうに見える新一の顔。

書斎があるのに、わざわざリビングのローテーブルでパソコンをつかう理由。
ソファーに座らず、床に座わっている理由。

お互いの邪魔はしない、でも、別々じゃないくらいの微妙な距離感。
べったりくっついたりというわけではないけれど、安心できるところに彼がいてくれる。

そんな時間がとても愛おしかった。





「悪ぃ、俺先に寝るわ」

そういって、うーんと伸びをひとつ。
ローテーブル越しに、上から降りてくるやさしいキス。
そっと目を閉じて、そしてゆっくり瞳をひらく。

時計を見れば、とっくに日付をまたいでいた。

「うん、おやすみ」

でも、彼はすぐには部屋に戻らない。
目の前には、ちょっと心配そうな彼の顔。

「・・・どうしたの?」
「あぁ・・・」
「?」
「その、キス、さ。短かかったか?」

言った後、視線をそらせて顔を赤らめる新一は、コナン君の時より子供みたい。

「どうしたのよ、突然」

ちょっと笑った私に、完全にそっぽを向いてしまったけど、その横顔は怒っているわけじゃなかった。
次は、なに言いだすのだろうと思って、黙ってたら、相変わらずそっぽ向いたまま、ぽつりとひとこと。

「なんか、さ」
「え?」
「おめー、すっげーさみしそうだったから」


この空気が。
この距離感が。
居心地よすぎて手放したくないなと思ったなんて、どういえばうまく伝えられるんだろう。


ちょっと困った顔で考え込む私の顔を見て、ふうっとため息をひとつ。
そのまま、こっちに来てわたしの隣に座る。


「ばかだな、蘭は。俺はもうどこにも行ったりしねーから」


やっぱり、わたしの想いとか気持ちは全然伝わってなさそう。
でも、そんな推理以外に全く勘の働かないところも愛おしくて。

手の届く距離にいてくれる。
そばにいて、顔を見て話が出来る。

離れていた時間が ― 辛くて寂しかったけれども ― こんなささやかな幸せを、大切に思わせてくれる。


・・・お互い素直じゃないからね。

全部全部ひっくるめて大好きな彼に
今度はわたしからおやすみのキス。


目を開いて最初に見た恋の迷探偵は、
さみしいどころか満面の笑みを浮かべていた。

2005/02/21


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