戻れない・・・?

そう分かった時、自分の中の、今まで自分を支えていた何かが、ばらばらと大きな音を立てて崩れていくのを感じた。

戻れ、ねぇ、のか・・・

その場でじっとしている事なんて出来なくて、勢いのまま阿笠博士の所を飛び出し、気づけば町をめちゃくちゃに歩きまわっていた。
どのくらいそうしていたのだろう。
ふと立ち止まって辺りを見まわしてみたが、何年も住んでいるはずの町なのに自分はどこにいるのか、さっぱりわからなくなっていた。


「くそっ」

もともと目的があって飛び出したわけではなく、とにかくその場にとどまっていたくなかっただけで。
博士の家を飛び出した時に比べて幾分か落ち着きを取り戻せたけれど、頭の中は「ごめんんさい、でもそれが現実なの」という灰原の言葉でいっぱいだった。

俺は、俺は・・・




うつむき加減でふわふわとしか表現できないような足取りで歩いていたコナンは、袖口をぐいっと引っ張られる感覚と同時に耳に入った声で我に返った。

「コナン君!」

そういって、ぐいっと強く腕を引っ張ったのは、焦がれても手が届かなくなってしまった幼馴染。
目の前の信号はすでに赤に変わっており、信号待ちをしている車はなかったものの、そのままふらふら渡っていれば、いつ轢かれてもおかしくないような状況だった。


「蘭、ねーちゃん・・・」


蘭、と。
もうそんな風に呼ぶことが出来なくなってしまった彼女の名前。
心配そうに俺を「見下ろす」瞳・・・。
でも、彼女はすぐにその場にしゃがみこみ、ちょっと首を傾けながら、でもまっすぐに目線を合わせて話してくれる。

「博士から、飛び出したっきり戻ってこないって連絡もらって・・・心配したんだよ。しっかりしてるから、大丈夫だって信じてたけど」
「・・・ごめんなさい・・・」

新一の時には、なかなか素直にいえなかった謝罪の言葉。
コナンになってからというもの、俺はこの言葉を何度蘭に言ったのだろうか。

「さ、帰ろっか。おなかも空いたでしょ?」

気がつけば、真っ白だった雲が、真っ青だった空は、薄桃色の夕焼け色に変わっていた。
そう言って勢いよく立ちあがり、彼女が一歩を踏み出そうとしたその瞬間。


「蘭!」


そんな事はないと頭ではわかっていたけれど、置いてきぼりにされる ― それは、今のこの状況ではなく、彼と彼女が共に歩いてきた時間から ― という不安が、この状況にだぶってしまって。

昔のままに彼女の名前を呼び、彼女へと手を伸ばした。

でも。
以前なら、新一だったら、肩まで届いたであろう伸ばした手は、蘭の袖口をつかむことしかできなくて。
もう、まぶしかった時間には二度と手が届かないのだと。
そう思い知らされた気がして、コナンはそっと袖口をつかんだ手をひっこめ、改めて彼女の名前を呼んだ。

「蘭・・・ねーちゃん。」


涙が、止まらなかった。


「ちょ、どうしたの?ねぇ、だいじょうぶ?」

蘭は、もう一度しゃがみこみ、まるで母親が子供をあやすかのよう、そっと俺の背中に腕を廻してほわりと包んでくれた。
本当なら、俺のこの腕の中に包み込んでやりたいのに。
そんな事を考えると、さらに涙がこぼれおちて。
新一の時だって、こんなに泣いたことなんてなかったのはずなのに、今は情けないほど自分の感情をコントロールすることが出来なかった。
蘭はそんな俺をあやすかのように、すっぽりと腕の中におさめて一定のリズムでぽんぽんと背中をたたいてくれていた。






しばらくの間そうしてくれていた蘭が、ぽつりとつぶやいた。

「・・・あのね、わたし、待ってるから」
「らん、ねーちゃん?」

待ってる?

「ずっと、待ってるから、だいじょうぶだよ・・・あ、でも、そした私らおばさんになっちゃう、ねぇ・・・し・・・い・・・」

最後のところは涙まじりになってしまって聞きとれなかったけれど、それはきっと。
俺の・・・俺の本当の名前。

「蘭、オメー知って・・・」

ぽたり

肩口に落ちた小さな水音。
それは聞き逃すことなんて出来ないくらいの重さで俺の肩に落ちてきた。

取り戻せない、巻き戻せない時間は同じ。
ツライの蘭だって同じ、いや、蘭の方が・・・。

「蘭・・・。」

首に回した腕はあまりにも短くて、抱きしめると言うよりは抱きついてるようにしかならなかったけれど。

「しんいち・・・。」

新一の時にはあまり見たことのなかった彼女の泣き顔。
コナンになってから何度見たのだろうか。
例え、体は戻らなくても。
彼女にもう悲しい涙を流させないように彼女を守る事はできるのだと。
コナンになってから、がむしゃらにそうしてきた自分自身がいちばんよく分かっていたのに。

彼女の首筋にまわした腕に力をこめて。
俺は繰り返し彼女の名前を呼び続けた。

「蘭・・・。」

なかみは、気持ちは蘭をすべて包んでやれるくらいに大きくなろうと。
彼女へと伸ばした手を引く事は二度とすまいと。
今日のこの気持ちを、涙の重さを忘れないように。

2005/04/03

私も絶対にコナン(新一)は泣かないと思ってます。彼は、どんな時にも諦めないはずだし、泣いて立ち止まるくらいなら、道を探して歩き続けるはず。今までなんとかなる、戻れると信じてずっとやってきて、あきらめない、「ムリよ」って言われたって、そんなことはないと言い切ると思います。
でも、こっちはこの10年というものずっとソレを見てきてるわけで、それが、もう絶対にダメだってなったらやっぱり泣くのかもなぁって思うところがあったのです。
人生で自分のために流す涙は一度でいいって言った友達がいて、きっと、新一もそんなタイプで、それはこの時なんじゃないかって。
私自身は、涙流しまくりなので、その友達が、コナンがとってもまぶしいです。
うーん、つたないんですけどそんな気持ちをこめて書きました。以前のサイトで書いたときに、六花さんに差し上げたものです。


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