腕の中で



「もう!お父さんったら、またそんなに飲んで」
「かてーこと言うなよ。たまにはいいじゃねぇか、蘭」
「たまには、って。お父さんのたまって、全然たまじゃないじゃない!」


夕飯の片づけを済ませた後、明日の朝ごはんとお弁当の下ごしらえをしてからリビングへ戻ると、いつもより2割り増しくらい赤ら顔のお父さんが、テレビのチャンネルをちゃかちゃか変えながら、ぐいっとお猪口のなかみを飲み干すところだった。
傍らには、一升瓶がごろりと転がされていて、中身はすでに空になっているみたい。
じろりと思い切りにらみつけてみたけれど、酔っ払いには、そんな視線や思わず口をついて出た小言は、まったくもって伝わってくれない。


「そう言うなって。依頼人からもらっためったに飲めねーような酒だぞ?」
「もう。めったに飲めないようないいお酒なら、もっと大事に飲んだほうがいいんじゃないの?」
「だぁいじょうぶ、まだまだある。そうだ、蘭。オメーも飲んで・・・」
「お父さん!わたしまだ未成年だよ?ほら、バカなこと言ってないで、そこらへんでやめたほうがいいよ。だいたいそんなだからお母さんが・・・」
「未成年、ってんなら、ホレそこに・・・・」
「そこ・・・って、ちょっと、コナン君!?」


お父さんと一升瓶の影に隠れ、コタツ布団に半ば埋もれていたので気づかなかったのだけれど、お父さんの横には、一升瓶と並んで赤ら顔のコナン君が寝転がっていた。


「いやあ、いい飲みっぷり・・・」
「お父さん!」


じろり、と再度にらみつければ、今度はちょっと肩をすくめて黙り込んだけれど、手にはやっぱりしっかりお猪口が握られていて、懲りずにそろそろりと口へ運ぶ。
そこでようやく、なかみをさっき飲み干してしまったことに気づいて、ちっ、と舌うちひとつ。
立ち上り、ゆらゆらおぼつかない足取りでリビングから出て行ってしまった。
その背中を見送る私の唇からは、ほう、とため息ひとつ。
きっと、事務所へもう一本取りに行ったに違いない。


「もう、お父さんったら、コナン君に飲ませるなんて・・・」


そっとコナン君に近づき、やさしく肩をゆすってみたけれど、起きる気配はない。
いったいどれくらい飲んだのやら、少し離れていても、唇からこぼれる吐息に酒精がたっぷりとふくまれているのがわかる。
ずるずるとコタツから半身を引っ張り出してみても、やっぱり眠ったままだった。


「コナン君、起きて、コナン君。こんなところで眠ったら風邪ひいちゃうよ?」
「う・・ん」
「ちょっと、起きてくれそうに、ないよね・・・」


いったいどれくらい飲んだのやら、ほっぺただけではなく、首筋や手のひら、とにかく見える範囲すべてが朱に染まっていた。
今日はこのまま寝かせるしかないみたい。
明日の朝、二人にはうんっと注意しなくっちゃ。

少しの間なら、とコナン君をそのままそこに残し、寝室で急ぎ布団を敷いてリビングへ戻る。
少し酔いを醒ましているのか、お父さんはまだ戻ってきていなかった。
暖房を入れるほどではないけれど、人気のなくなった部屋にはひやりとした初冬の空気が忍び込んできていたので、コナン君、寒くて目が覚めちゃってるかもと思ったけれど、酔った体には逆に心地よかったのか、さっきと変わらぬ姿でくうくうと気持ちよさそうな寝息をたてていた。

寝返りでもうったのか、おっきなメガネが自分の腕枕でずり上がってしまっていたので、そうっと外す。
普段は眼鏡に触れるだけでもいやがるのに、眼鏡は驚くほどすんなりと私の手のひらに納まった。
ほんとうに、酔っぱらっちゃったんだ。

起こさないよう、そうっと抱きあげて寝室へと向かう。
普段はしっかりしすぎているくらいなのに、今日はなにをどうしたのか、こんなにだらしなく丸くなっているコナン君を見るの、はじめてかもしれない。
すうすう寝息を立てて眠っていると、年相応でかわいらしく思えて、思わず笑みがこぼれる。
ただ、その寝息には、日本酒のつんと鼻につくにおいがたっぷりと混じっているのだけれど。

コナン君の、眼鏡を外した顔をじっくりと見る機会はあまりない。
親戚だから、ある程度は似ていてもおかしくないのだけれど、こうしてみると、ほんとうに新一に似てるなぁって思う。
そして見た目だけでなく、ふとした表情だとか、しぐさだとか、驚くほど子供の頃の新一に似ているなって、思える瞬間がある。

――新一の


「子供、できたらこんなかんじなのかなぁ」


誰かが聞いているわけでもないのに、そんな自分の想像に、思わず頬が熱くなり、思わず寝顔から視線をそらしてしまった。
でも――


「想像くらい、いいよね? 」


もういちど、コナン君の寝顔を見つめ、ぎゅうっと抱きしめなおすと、コナン君もきゅっと体を寄せてきた。
コナン君は、やわらかく、暖かかく、そしてやさしかった。





「ねぇ・・・ちょっと飲みすぎじゃない?」
「ウルセーなー。ガキにこの味がわかるかってんだ」
「そんなにおいしいの?」
「おおう!そうだ、オメーも今回はまあまあ役に立ってくれたから、特別にひとくちだけのませてやろう」


今回【は】、じゃなくって今回【も】だ、という突っ込みは心の中だけにとどめておく。
晩酌のときにご機嫌なのはいつものことだけど、ここまでいいのは、きっとうまずぎる酒のせいなのだろう。

この前の事件の依頼人は有名な造り酒屋のご主人で、特にお礼がしたいと依頼料とは別に、なかなか手に入らない、予約しても3年待ちという一品を、気前よく3本もくれたのだ。
味覚というものは、個人の主観であって、いくらうまい、といわれても本当のところはわからない。
雑誌やテレビでしばしば取り上げられているくらいなので、まずくはないだろう。だけど、所詮人づてに聞いたところで、絶対に本当のところはわからないと思っている。
だから本気で聞いたわけではなく、会話の流れ、ほんの軽い気持ちで聞いてみただけなのに、晩酌に誘われるだなんて、ほんとうに思いもしなかった。

知識として知っておくのはいいことだと、オヤジがいろいろな酒を飲ませてくれていたけれど、どちらかといえば日本酒よりも洋酒を嗜むことのほうが多かった。
だから、あまりなじみのない日本酒の逸品がどんな味なのか気になったというのが半分。
そして、ひょっとしたら白乾児以外の酒でも元に戻る効果が現れるかもしれない、なんていう淡い期待が半分。
子供の舌ではこの酒のうまさはわからないだろうなと思いつつ、とにかく差し出されたお猪口をすんなり受け取ると、おっちゃんは満足そうに笑って、器に半分ほど酒を注いでくれた。

受けとった猪口の中の、透明な液体をゆっくりと口に含む。
水のようで、そのくせ飲んだ後舌に残る独特の甘み。そして、のどの奥には熱が広がり流れ落ちてゆく。
その熱は、じんわりと体に染みこんでゆき、口の奥のほう、奥歯のさらに奥の辺りに、冷たく広がる辛味が残った。


「うめぇ・・・」
「オメー、この酒の味がわかるとは、なかなかスジがいいじゃねーか。もういっぱい行くか?」
「うん!」


小学生と晩酌なんてほめられたものじゃぁねーけれど、オヤジと飲んだときとはちょっとちがう、おっちゃんとのその雰囲気がなんだか楽しくて。
進められるがままに、いっぱい、もういっぱいと杯が進む。
浴びるほどに飲ませてもらったことはなかったけれど、酒に強いという自負もあった。
ちょっとくらいなら、この体でも大丈夫だろうという気持ちもあった。
小学生の体だとわかっていたにもかかわらず、酒に飲まれるわけがないという、根拠のない自信。


「あ、れ?」

気づいた時には、ふにゃりと視界がゆれ、ぼう、と熱くなった体は次の瞬間コタツ布団と仲良しになっていた。
強かった、のは高校生のオレ。
味覚はとにかく、小学生の体は、当然のようにアルコールを分解してはくれなかったようだ。


「お?ボーズ寝ちまったのか・・・」


おっちゃんが俺に話しかけてくる声が、やたら遠い。
ほんのり暖められたせいで少し埃のにおいのする布団なのに、なんだかやけに心地よい。
オレは体の要求に任せ、瞳を閉じた。



ふわり、と体が中に持ち上げられる不自然な感覚でようやくうっすらと意識が戻る。
あれからどのくらい時間がたったのか、さっぱりわからない。
ゆらゆら、ゆりかごの中にいるような、夢の中にいるような不安定な感覚。
確かなものとぬくもりを求め、かすかに感じたぬくもりの方へと体を寄せると、コタツの布団とは全く違う、柔らかな感触とあまやかな香り。
どうやらオレは蘭の腕の中にいて、どこかへ運ばれているようだった。

やさしいぬくもりに包まれ、ゆっくりと、でも確かに刻まれ続ける蘭の心臓の音を聞きながら、俺はもう一度まどろみの世界へと戻っていった。



祝!江戸川コナンの日 2006.10.5〜7

はじめまして、こんにちは。
Humoresuqueと言うサイトをひっそり運営しております、ミシマナミと申します。
思えば、サイトを始めて、初めて参加した企画がこの江戸川でした。
それだけに、今年もどうにかなんとか参加したくて、ギリギリまでどうなるかと、本人がイチバンひやひやしていましたが、今年もまたこの企画に参加できて、10周年の今年も、みなさんと愛を叫べてとってもうれしく思っています。

新一とおっちゃんではありえない、というかムリだろうなーと思うのですが、コナンとおっちゃんって、結構仲良しだと思うのです。今年の映画で確信。
家に蘭ちゃんがいないときは、ふたりっきりでいるわけで(アニメでは、なぜか時折いっしょにお散歩してたりしますよね。あれ、なんだかちょっと嬉しかったりします)、なんだかんだで男同士、わいわいやってんじゃないかなーと、そんなことふわふわ考えていたら、いつの間にやらこんなお話ができあがってしまいました。
はじめは、もうちょっとコ蘭が前面にでてる違う話だったはずなのですが・・・。
そんなお話をここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!
そして最後になりましたが、どいるさん、MIMIさん、来夢さん、今年もステキな企画をありがとうございました!

ミシマナミ


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