ゆっくり・・・ 〜 青子のバレンタイン大作戦



るんるんたったるーんたったー♪と言うよくわからない鼻歌にあわせ、お菓子専用の小さめの買い物かごの中へリズミカルにチョコレートがほうり込まれてゆく。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ・・・・・際限なく続く、わしゃ、わしゃ、がさ、という音に、思わず振り返ると、親友が手にした小さなかごには、あふれんばかりにチョコレートが詰め込まれていた。

「ちょっと・・・青子。義理にしたって、ちょっと買いすぎじゃないの?」
「ほへ?そーかなー。だって、ええと、お父さんのでしょ、2課のみんなに、この大きい袋は機動隊の人達で・・・」

青子は、呆れ顔の私を気にする風もなく、手にした大きなメモを読み上げ始めた。
ああもう、夕食の買い物じゃあないんだから。

「・・・あんた、肝心のはどうしたのよ?」
「かんじん?」
「快斗くんのよ、買ってないの?あ〜、ひょっとして手作りとか・・・」
「ふふーん、ちゃーんと買ってるよ〜♪」

じゃじゃじゃじゃーんと、中途半端な自分声オーケストラにあわせ、かごから取り出されたそれは、市販されているチョコレート菓子の超ビッグサイズだった。

「あんた・・・」

大きさだけとってみれば、他を圧倒するそれは、本命用と言えなくもないのかもしれない。
しれない、が。

「それ、なの?」
「うん!快斗コレ大好きなんだよ。こーんなにでっかいのは、この時期しか売ってないんだよねー」

るん♪と踊るようにかごからチョコレートを取り出し、嬉しそうに私に見せる姿は非常にほほえましい。
ほほえましいけれどでも、そんな姿を見れば見るほど、じりじりと不安が増していく。
果たしてこの子は、ちゃんとバレンタインという行事の意味を理解しているのだろうか、と。
それとも、二人はすでに告白なんて必要ない関係になっているのだろうか。

「ちょっと、一応聞くけど、青子はバレンタイン、って何かちゃんとわかってる?」
「あったりまえじゃない!女の子の常識だよ?」

恵子ったらなに言ってるのー、と呆れた声音に安心したのもつかの間、青子の口から飛び出した、確かに間違いじゃないけれど、でもこの話の流れからして明らかに的外れな言葉に、わたしは思わずあんぐりと口をあけてしまった。
花も恥らう17歳、なのに、ありえないほど、おおきく、間抜けに。

「日ごろお世話になってる人に、ありがとうの気持ちを込めてチョコレートをあげる日だよね!疲れた心と体に甘いものー」

呆然と立ち尽くす私を視界の外に置き去り、青子は「恵子のぶんはねぇ」とかごをあさりはじめた。
私の分・・・?
ちょっとぉ!?この子は!
あれほど呆れかえった口調で、常識だなんだと言っておきながら、全然ちっともわかってないなんて。
このままにしておいたら、ずっとバレンタインの意味を知らなままなんじゃ・・・。

親友としては、ここできちんと青子に女の子の真実を伝えなくては!
その固い決意と共に、あまりのショーゲキでいまだ開いたままだった口元を、慌ててぎゅっとひきしめる。

「・・・・・・ちょっと、青子」
「はい?」
「それ、ちがう」
「へ?」
「根本的に違う。バレンタインは、女の子が好きな男の子に愛を告白する日なのよ!」
「え・・・?えええー!」
「だいたい、それ誰に聞いたのよ」
「ええと、たまたま去年のバレンタインデーに、お父さんにお弁当届けに行ったら、チョコレートが机にどどーんと置いてあって、なんで?って聞いたらお父さんが・・・だから今年は青子もって思って・・・・」
「たしかに、義理チョコ、っていって、青子が言ったような意味もあるにはあるんだけど・・・」

去年までバレンタインを知らなかったというのもどうかと思ったけれど、バレンタインの情報源が、よりにもよってあのお父さんだなんて!
ええええー!と目を真ん丸くして驚く青子に、こっちの方が驚きだわと心のなかでそっと突っ込みを入れ、ちいさくため息ひとつ。

こりゃ快斗君も苦労するわね、と同情せずにはいられなかった。





その日の夜のこと。

夕食の片付けを終え、コーヒーとカフェオレのマグカップを手にリビングへ戻ると、お父さんは今朝読めなかった新聞を読んでいた。
つけっぱなしのテレビでは、馬に乗って鎧をつけた大きな男の人が、ぶんぶんと槍をふりまわしている。

この曜日のこの時間帯、特に見たい番組はなかったから、カップをテーブルの上に置くと、青子はごろりとクッションの上に寝転がり、、明日の夕飯のメニューを模索するべく、ばらばらとお料理雑誌をめくりはじめた。

【手作りチョコで大好きなあの人に気持ちを伝えよう!】

でかでかと、そんな見出しが書かれたページで、思わず指が止まる。
今まであまり気にも留めていなかったけれど、この手の雑誌ではこの時期ばりばりと手作りチョコレートの特集が組まれている。
今までどうして2月14日とバレンタインデーとチョコレートの関係を気にとめることもなくきたのか、自分自身でも不思議だった。

チョコチップクッキーとかマフィンは作ったことあるからイマイチだよねー。
チョコムースとかプリンは美味しそうだけど、学校に持っていけないし。
ココアブッセは青子が食べたいなぁ。
あ、このトリュフかわいー!でも、青子不器用だからこんなキレイに作る自信、ないなぁ。
絶対「ヘタクソー♪」ってからかわれちゃうに決まってるもん。
わ、このザッハトルテとか、すっごい美味しそう!でもこれも難しそうだなぁ。
こっちのこのブラウニーは美味しそうだし簡単そうだから青子にもできるかも!
快斗はチョコミントのアイス大好きだから、ちょっとミントをいれてみるといいかもしれない――と思ったところで、はた、と気づいた。

あげる相手は、特に誰って決めてないはずなのに。
基準が全部、快斗になってるって。





「ねぇ、快斗ぉ〜・・・甘いものほしくない?」
「甘いものだぁ〜?」

快斗にチョコレートを渡した、しかもそれは恵子と一緒に行ったとき買ってたあのでっかいチョコじゃないだなんて、あのお祭り好きなクラスのみんなに知られたら、また大変なことになっちゃうから。
なんとか学校に着く前に渡してしまうべく、きっかけを掴もうとあれやこれやと話をふってみたものの、どれもこれも盛大な空振りに終わってしまって、途方に暮れた下駄箱前。
今日はバレンタインデー当日なんだし、いつもは鋭すぎて困る事だってあるくらいなんだから、気づいたっておかしくないはずなのに――って、ひょっとして、わざとなのかな?
だったら、直球で行くしかないと思い切って切り出してみた、けど。

青子の心の葛藤なんて知る由もない快斗は、唐突としか言いようのない甘いもの欲しくないか発言に、めっちゃくちゃ不審そうな視線をよこしてきた。
そうだよね、朝から甘いものなんて、いくら快斗が甘党でも、ナイんじゃないかなーって、青子もちらりとは思った。
でも、言っちゃったものは仕方がない。

「そう・・・・・・たとえばぁ――――・・・チョコレートとかぁ〜〜・・・」
「チョコレートぉぉ?」

気にせずそのまま押し切ることにしたけど、ひょっとしなくても、さらに警戒心抱かせちゃったみたい。
青子、今まで快斗にチョコなんてあげたことなかったからなぁ・・・。
こんなことなら、素直に「ハイコレ!」って渡しちゃった方がよかったのかもと猛烈に後悔してみたけど、今ポケットに入っているのは、小さいけれどちゃんと気持ちの込もったチョコレート。
いつもありがとうという感謝の気持ちだけじゃなくて、もうちょっと、トクベツな気持ちが入っているから、「ハイコレ!」「サンキュ」ですませたくなかったんだよね。

でも、快斗はこんなだし、この機を逃したら、この時点ですら素直になりきれていない自分は、またアレコレ余計なことを言ってさらにおっきな墓穴を掘って――きっと、渡せなくなっちゃう。

それだけは、ダメ!

ムードも雰囲気も、かけらもなかったけれど、もうそんなこと言ってられなくて。
渡せなきゃ、トクベツもなにもあったもんじゃないと、その場の勢いに任せ快斗の胸元にポケットから取り出したチョコレートをぎゅうと押し付けた。

恥ずかしくて、そのままうつむいてしまったので、快斗がどんな表情でそれを受け取ったのかわからなかったけれど、青子の手からチョコレートの感触がなくなり、すぐに聞こえてきたがさがさという音からして、思い切って差し出した包みを、その場ですぐに開いているようだった。
ちょっとぉ、この場で、すぐに、食べちゃう気なの!?

「ちょっと、こんなところで無造作に開けないでよね!」
「なんだよ、甘いモン食いたくねーかって聞いて来たのはそっちだろーが!大体、なんで朝っぱらからチョコなんだよ」
「そっ、それは、今日は、2月14日だから、あの、その・・・」

ああもう、なんでわざわざそんなこと聞くのよ!と、すぐそこまで出かかった言葉を、ぐっと飲み込む。
だって、それはやつあたりなんだもん。
言い出したのは自分、行動を起こしたのも自分。
なのに、そこから言葉を続けることができなくて、しどろもどろして、挙句に逆にくってかかりそうになるなんて。
なんて――なんて、素直じゃないの、青子は。
どうしてこんなときまで素直になれないんだろう。

まともに快斗の顔が見れなくって、またうつむいてしまった。
そのまま頭の中が真っ白になって、周りには登校してきた人たちがたくさんいるはずなのに、もう青子の耳にはなんの音も聞こえなくなってしまった。



そんな音のない世界に、快斗の、おおきなため息だけが響いた。

「あ・・・・・・」

呆れられちゃったんだ。
やっぱり快斗は青子の事、ただの幼馴染くらいにしか思ってなかったんだ。
明日から、ううん、この後どうやって快斗に接すればいいんだろう。
こんなことなら、あの大きなチョコレートを持ってきて何事もなく渡しちゃえばよかった?
ウソでも、義理だから、とか笑って誤魔化しちゃえばよかった?
今からでも間に合うかと口を開こうとした時。


「青子――」
「え?」


声は、すぐ耳元で、ひくく、やさしく響いた。

驚いて顔をあげると、目の前にいたはずの快斗の顔が横にある。
いつも隣にいるけれど、こんなにまで距離が近くなることなんてない。

「ひ・・・・」

驚きのあまり、とっさに体を後ろへと引いたけれど、気づけば背中へと腕が回されていて、ふわりと抱き寄せられてしまった。

え、ええ?えええ!

そんなにきつく抱きしめられているわけでもないのになぜか体は離れてくれなくて、快斗に触れている所からじんわりと熱が広がってゆく。
息苦しくてたまらなくて、大きく息を吸い込んで、顔を上げると今度は大きな手のひらで、頬を包み込まれた。

かぁっと、一気に体温が上り、体中の血が触れられている頬に集まってくるようだった。
体は、金縛りにでもあったみたいに動けないままで、声も出せなくて。
もう一度、大きく息を吸いこんだ後、何とか快斗の名前を呼ぼうとした、そのとき。

「か・・・」
「青子、オレもずっとす・・・」

ゆっくりと、快斗の顔が近づいてくる――





「青子?」
「へ?わーーっ!!わわわわ!」

目の前には、なぜか快斗じゃなくて、お父さんの顔があった。
真っ赤になって飛び起きた青子を、めちゃくちゃ心配そうに見ている。
弱めにつけたホットカーペットのぬくもりが心地よすぎて、どうやら雑誌を見ながら転寝してしまってたみたいだった。

「何回も呼んどるのに返事がないから・・・顔、赤いが風邪か?」
「へ?あのあのえっと、なんでも!なんでもないから!大丈夫元気だよ?カーペット、ちょっと熱かったから、それで・・・」

へへへー、と元気よくガッツポーズをとると、お父さんは安心したようで、ほっと表情を緩めた。

「なら、いいんだが・・・すまんがもう一杯コーヒーを淹れてきてくれないか?」
「コーヒーね、コーヒー、コーヒー。うん、ちょっと待っててね!」

さっきの夢のことなんて、お父さんは知るわけないとわかっていたけれど、なんとなく気恥ずかしくて、まともに顔を見ることができなかった。
寝言とか、言ってないよね?大丈夫だよね?

カップを受け取り、そそくさと台所へむかう私の背中ごしに、「やっぱり熱でもあるのか・・・?」という呟きが聞こえてきて。
なんだか、ほんとうに熱が出そうだった。





こんな状態で、すぐにお父さんの所へ戻ると絶対怪しまれちゃう。
だったら、たまにはゆっくりドリップでコーヒーでも淹れようかなと、やかんに水を張る。
お湯が沸くのをぼんやりと待っていたら、さっきの夢を思い出してしまった。


快斗が青子を・・・?


ない!ないないない!
快斗が青子にそーんなことするわけも、言うわけもないない!
そんな事になるわけない。
だって、快斗と青子はただの幼馴染だし。
だって、あれは、夢だし。
そう、夢なんだから。

でも。
やわらかなぬくもりも、抱き寄せられた腕の強さも、日向の猫みたいだった快斗の髪のにおいも。
ほんのちょっと前のことなのに、すべてがぼんやりとして、あやふやにしか思い出せなかったけれど。

やさしく呼ばれた青子の名前。
快斗の声だけが、いつまでも耳の奥に残っている。
あんなに優しい声で、名前呼んでもらったことなんてない、はず。
なのに、ひどく懐かしくて、切なくて、苦しくなる。

『青子――』

ぶるぶる首を振って、耳の奥に残るその声を消しちゃおうと思ったけれど、それはいつまでも消えてはくれなかった。

ちらり。
台所の片隅、視線の先にはチョコでぱんぱんに膨らんだ大きなビーニル袋。
快斗用に買った大きなチョコレートの箱が、収まりきらずに顔を覗かせていた。






「ねぇ、快斗ぉ〜。甘いもの、ほしくない?」
「甘いもの、だぁ〜?」
「そう・・・・・・たとえばぁ――――チョコレート、とか」



今日は正真正銘ほんとうのバレンタインデー。

青子のかばんの中には、しっかりチョコレートが入っている。
かばんに入るくらいの、大きさのチョコレートが。

結局、もう一度ひとりであのお店に行って、もうひとつ快斗用にチョコを買ってしまったのだ。
あんな夢を見ちゃったからとか、特別な気持ちがこもっているとか、そういうわけではない。
よーく考えれば、あーんなでっかいチョコを学校に持って行くのは、いろいろもろもろまずいんじゃないかな、って。
ほんとに、そう思ったの。それだけなんだよ。

まず、かばんに入らないし、目立つ。
きれいにラッピングされているので中がどんなチョコかなんてわからないから、いわゆる【義理チョコ】だと言っても、きっと絶対いろいろと誤解されてしまうにちがいない。
それに、その場で食べちゃえる量じゃないから、もらった方だって持って帰るのに一苦労だと思うんだよね。

とにかくあれこれよーく考えた結果、もうひとつ買いにいった、はずだったんだけど。
今朝、家を出てから気づいた。

誤解、と言うなら、このチョコレートの方が、恵子にあらぬ誤解をされちゃうんじゃないか、って。
噂好きな恵子のこと、なにを言いだすか、そしてその話がどんな風に広まるか・・・。
その後の騒ぎに予想がついたから、学校に着く前に渡しちゃおうと、あわてて快斗の家まで迎えに行ってみたのだけれど、そんなところだけは夢のままで。
困った挙句、つい、口をついて出ちゃったのだ。
夢と同じ、甘いもの発言が――。

「あーーーーーっ?」

その先がちらりと頭をよぎり、心臓がばくばく爆発しそうだったけれど。
そんな青子のちょっとしたドキドキなんて知るはずもない快斗は、ほぼ夢のとおりの、いや、それ以上に不審げな声をあげた。
そして、そこに沈黙は流れず、快斗の口からはマシンガンよろしくぽんぽんと言葉が飛び出す。

「そーいえばてめぇ、このまえオレが虫歯だったとき・・・」



『あれ?快斗どうしたの?ほっぺたなんて押さえちゃって・・・』
『っせーな、なんでもねーよ』
『あーやしーなー。ちょっと見せて』
『おわっ、オメーやめろって!』
『ぷぷ、かっわいー。ほっぺたすっごくぷっぷくぷーですよー?』
『ヤメロ、つっつくなって!ハン、こーんなの青子のおたふく顔に比べたら・・・』
『なによ!やーい!おたふく、おたふく、へんな顔〜!!』
『バーロー!だから触んなって!』



「―――って笑ってたなー!?そんな手に乗るかよ、バーロ!ケケケ・・・」

そこから先は、夢とは大違い。
快斗は、びしい!と思いっきり青子を指差し、勝ち誇って大笑いしている。
じろり、上目遣いに快斗をにらんで、ほう、と小さくこぼれたため息。
快斗は全く気づいていないようだった。

これが、ただの幼馴染の現実ってものよね・・・。
ちらりとでも何かを期待しちゃった青子が間違っていた。
それは、正しくただの幼馴染な二人の日常なのだけど、でも、でも、でも今日は――

「なに言ってんの?今日は2月の14日よ・・・女の子なら誰でもチョコをもってきてるよ・・・今日は、男の子にチョコをあげる日なんだから・・・」

快斗の反応が、あんまりにもいつも通りだったので、ひょっとして今日がバレンタインデーだって気づいてないないんじゃないかなって、そう思ったから訴えてみたんだけど。
でも、こんな言い方したら、まるでそのまま告白みたいじゃない!?

気づいてしまったらもうだめで、かぁっと、ほっぺたに血が上る。
これじゃ快斗にさらに誤解されちゃうよ。

「どーせ快斗はだれにも貰えないんだ・・・・・・から」

なんとかごまかさなくてはとも思ったけれど、こうなったら勢いで渡しちゃうしかない!と、快斗に背を向け、ごそそそとかばんからチョコを取り出し、顔を見ないようにして思い切って差し出した。

「はい!かわいそうだから青子があげるのよ・・・・・・」

けど。
待てど暮らせど、青子の手からチョコレートがなくならない。
あれ?おもいっきり無視?
ちょっと、いくら青子が虫歯の事でひどい目にあわせたからって、黙って受け取り拒否はないんじゃないの!?
気恥ずかしさから、ふつふつと湧き上がってきた怒りに任せて文句を言うべく振りかえってみれば、そこには快斗の姿はなく、ひとりでなにをしてるのといわんばかりの呆れ顔を浮かべた恵子が立っていた。

「あれぇ〜?恵子?」
「快斗君ならうれしそーに走ってたわよ・・・」

恵子はすでに上履きに履き替えていて、手にはかばんのかわりにチョコレートを持っている。
その姿は、誰かにチョコを渡すためにここに来たとしか思えないのに、なぜかそのまま青子と一緒に教室の方へと歩き出した。
結局いちばん恐れていたパターンになったしまった。
こんなことなら、さっさと渡しちゃえばよかったんだけど、それができていれば苦労はない。

「そのチョコ、快斗君にあげるんでしょ〜?」

このこの、この前のでっかいのはどうしたのよ〜と、にやにやと含み笑いしながら寄ってくる恵子をぐぐいと押し返す。

「だっ、だれがあんなヤツ!」
「いいな――!!青子は、あげる人がいて」
「ちがうっていってるでしょ!」
「ほかの男子は独り占めされてるっていうのに」
「・・・独り占め?だれが?」
「このまえ、転校してきた・・・小泉紅子よ!!」

がらり、恵子が勢いよく教室の扉を開けると、まさにその女王様が中心となってチョコレートを配っているところだった。


「あーあ。義理チョコもあげにくくなっちゃったよねー」
「仕方ないよ、小泉さんだもん」
「でも、あの快斗君はちょっとかっこよくなかった?」
「いらねーよっ、だってー。ちょっと見直したかも」

お弁当を食べ終えた後、恵子達はいつも通りお菓子をつまみながらわいわいと朝の話をしていたけれど、青子は適当に相槌を打ちながら、あれこれと渡せなかったチョコレートのことばかり考えていた。


あの後、快斗の方からチョコもってきてんだろ?と聞かれたのに、快斗の分はありませんよーだ!!なんて言っちゃって、さりげなく渡す又とないチャンスを棒に振ってしまったのだ。
それは、話の途中で青子を置いてけぼりにしてチョコレートを集めに行っちゃったくせに!という思いや、ちょっと赤くなりながらチョコを差し出した挙句、ひとり取り残された姿を恵子に見られてしまったこと、あんなに必死で否定していたのに、やっぱり・・・と思われる恥ずかしさもあったけれど、それよりなにより――


『じゃあ・・・いらねーよっ』

紅子ちゃんのチョコに、そう言った快斗。
あんなにキレイで、みんなが欲しくて欲しくてたまらない紅子ちゃんのチョコレートでも、欲しければあげるという態度では受け取ってもらえないのなら、青子が照れて義理だからと、しぶしぶ渡したとしたら――絶対受け取ってもらえないだろうなぁと思ってしまったのだ。
かといって、快斗のためよ、と素直に渡すこともできそうにない。

そして、どっちにしてもチョコを渡せない!となったその時、ようやく気づいたのだ。
ただの幼馴染という関係以上には青子は快斗が好きなんだって。

告白してお付き合いしようとか、そこまではまだ考えられないから、正直、この感情がどういう種類のものか、まだまだ青子自身にもはっきりわかってはいないところはあるけれど、青子は快斗のことが好きだ。
だから、あの場で、みんなの前で拒否されたら、これから青子はどうやって快斗に接したらいいのかわからなくなってしまいそうで、ようやく気づいたこの気持ちの行き場がを見失うのが怖くて。
臆病で素直じゃない青子は、とっさに否定してしまった。

――快斗自身に、快斗の分はない!とはっきり言い切ってしまった手前、このチョコレートをどうしたらいいんだろう――

ようやく自分の気持ちに気づいたのに、そして年に一度きりの想いを伝える大チャンスの日に想いを伝えるアイテムまで持っているというのに、自分自身で渡せなくしちゃうなんて!
こうなったら、せめても快斗の口に入ればと、チョコレートの山にそっと混ぜちゃおうとも考えたのだけれど、どこに片付けたのやら、いつの間にか机の上はきれいになっていて、それすらもできないままに昼休みになってしまったのだ。



いくら思い悩んでみても答えなんて出そうになくて、大きなため息とともに、その元凶である快斗のほうへと恨みがましい目線を向けてみたけれど、机に突っ伏して眠っていたはずの快斗の姿は見えなくなっていた。
以前ならば、青子たちみたいに友達とわいわい雑談したり、新作マジックを考案中だとマジック用具をあれこれいじくりまわしたりしていたのだけれど、最近の快斗は机で寝ているか、天気がよければ屋上で寝ているか・・・とにかく昼休みは――昼休みだけじゃなく、授業中も――ほぼ寝ているといっても過言ではない。
さりげなく教室のなかを見回してみたけれど、やっぱり教室には快斗の姿は見あたらなかった。
窓の方を見れば、暖かな日の光がぴかぴかとガラスを照らしていて、今日は小春日和といってもいいくらいよい天気だった。
それならきっと屋上で昼寝しているに違いない。

よほどぐっすり眠っているのか、もともと5限目をサボるつもりなのか、そのへんは本人にしかわからないけれど、屋上で昼寝している日は、午後の授業に遅刻してきたり、そのまま授業が終わるまで現れないといった事も珍しくない。

まったく、青子がこーんなに悩んでいるのに、のんきに昼寝なんて!

悔しいから嫌がらせに起こしに行っちゃおうかなーなんてよからぬ事を考えて、ひらめいた。

もし、チャイムが聞こえないくらいぐっすり眠り込んでいるのだとしたら・・・・・・チョコレートをそっと置いておけば、青子からだってわからないんじゃないかな?

直接渡すつもりだったからカードの類はつけていないし、家や学校からは少し離れた所にあるお店で買ったものだから、個人を特定なんてできないはず。
急いで行って、さっと置いてすぐ戻ってくれば、恵子達にもばれないだろう。

もうそれしか方法がないような気がして、そうと決まれば急がなくてはいけなくて。
考え事をしていたから、まだ出しっぱなしにしていたお弁当箱をかばんにしまうのと入れ替わりに、そっとポケットにチョコをしのばせ、席を立った。

「あれ〜?青子、どこ行くの?」
「あ、っと、トイレー」

私もいっしょに、といわれる前に、さっと教室を飛び出し、小走りに階段を駆け上がって、快斗を探すべく屋上へとむかった。

昼休みは、あと15分。





普段は使われていない屋上の扉は、入ってくるなとでも言っているかのように、耳につく不機嫌な音をたてる。
以前、先生に頼まれていつまでたっても授業に現れない快斗の様子を見に来たことがあったので、そのことを知っていたから、なるべく音をたてないよう、慎重にゆっくりと屋上の扉をひらくと、目の前には2月にしては雲のない青空が広がっていて、時折吹く風は冬の寒さを含んでいたけれど、穏やかな日差しが屋上を包み込んでいた。

「あれぇ〜、おっかしいなぁ・・・」

屋上にはいつも鍵がかけられているので、扉が開いているということは誰かいてもおかしくないはずなのに、きょろきょろと周りを見渡してみても、快斗はおろか、他の人影すら見えない。
前に快斗が昼寝をしていた、屋上の隅にある古びた高架水槽の裏へも行ってみたけれど、やはり誰もいないようだった。
快斗はどうやって開けているのだろうといつも疑問に思っていたけれど、ひょっとすると普段から鍵はかかっていないのかもしれない。
あきらめて教室に戻ろうとしたそのとき、風に乗って微かに、ぐう、という音が聞こえた。

気のせいかとも思ったけれど、音の聞こえた方――青子が入ってきた扉の方を見ると、建物の上のほうに、なにやら黒い塊が見える。
どうやら快斗は日当たりが抜群によいその場所で、昼寝をしているようだった。

「あんなとこで・・・」

今更かと思いながらも、なるべく音をたてないよう扉のところへと戻る。
どうやって上に登ったのかと周りを探ってみると、ちょうど扉の裏側、少し高いところに据え付けられた、錆びたはしごを見つけた。

はしごに手をかけ、高さを確認する。
これくらいなら、勢いをつければ青子でもなんとか登れそうだったから、足場を確かめるため、何度か壁に足をつけ、少し上のほうに位置を決めると、ぐいと懸垂の要領で勢いよく上体を持ち上げた。
かなりスカートがまくれあがってしまったけれど、誰もいない屋上では見られる心配もないから、勢いのままにはしごに足をかけ、さらに体を持ち上げる。

じゃっ、という壁を擦り蹴る音が思いのほか大きく響いたから、快斗が起きちゃったかもしれないと、そっと顔だけ出して、上の様子をのぞいてみれば、快斗はこちらに背を向けていて、時折ぐうと大きないびきをかき、気持ちよさそうに眠っていた。

あまり時間はなかったけれど、気づかれないよう、ゆっくり慎重に近づく。
すぐ側までたどり着いたけれど、快斗が目を覚ます気配は感じられなかった。

起こしても起きないくせに、そっと近づくと目を覚ます。
最近、特に人の気配に敏感になった快斗が、こんなに無防備なのが不思議だったけれど、青子にとっては好都合で。
チョコレートを置いて、さっさと退散しようと思ったのだけれど、教室ではいつも机にうつ伏せにで眠っているので、こんなに間近に快斗の寝顔を見るのが、ほんとうに久しぶりだったから、なんだか嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。
この調子なら、もうちょっとくらい大丈夫だよねと、のぞきこんだ青子の体が快斗の顔に影を落としても、やっぱり目を覚ます気配はなかった。

ふと、薄く開かれたくちびるの端に、なにか黒いものがついているのに気づいた。
そうやらそれはチョコレートのようだったけれど、ここにもチョコレートはひとつとして見当たらない。
まさかとは思うけれど・・・いくら甘党とはいえ、あの大量のチョコレートをひとりで全部食べちゃったのだろうか。

べたりとチョコレートをつけたまま、くうくうと眠りこけている姿は、まるで子供の頃そのままで、青子まで昔に戻ってしまったような錯覚を起こしてしまいそうだった。

「もう、仕方ないなぁ・・・」

快斗のこと、きっとチョコレートには気づかないに違いない。
ぬぐってあげようと、思わず手を伸ばしてしまった、瞬間。
いきなり手首を掴まれた。

「わっ!」

「いやらしーなー、青子。男の寝込みを襲うなんてー」
「ちっ、違うわよ!口の周りにべったべたチョコレートつけてたから、とってあげようと思ったの!」
「ふーん・・・そりゃありがたいことで、って、オメー、なんでここにいるんだ?」
「なんで、って、それは・・・いつも授業をサボる悪い子快斗を、青子サマが起こしにきてあげたのよ!」

ほら、もう授業が始まっちゃうよ!と腕時計を見せた瞬間、スピーカーから、大きく予鈴が鳴り響いた。





「青子?どうしたんだ、こんなところに・・・」
「お弁当、持ってきたの。それから今日はバレンタインだから、みんなに差し入れと思って」

はじめは、美術館の受付のところにいた機動隊のお兄さんに、お弁当とチョコレートを預けて帰るつもりだった。
でも、そこで偶然通りかかった河本さんに、「いいよ、中までくれば」と声をかけられた。
河本さんは、いつもお父さんといっしょにキッドの警備についている2課の刑事さんで、青子もよく知っている。
どうしようかと少し悩んだけれど、予告現場がどういうものなのか見て見たいなぁという、ほんの少しの好奇心も手伝って、誘われるまま展示室まで来てしまった、けれど。

キッドから予告状が届くと、ほんとうはキッドの事好きなんじゃないかと疑いたくなるくらい元気になるお父さんだけれど、予告前日や当日の朝には、ぴりぴりとした空気をまとって出かけてゆく。
展示室であれこれと指示を出している横顔は、それ以上の、青子が見たこともないくらい厳しい顔をしていて、青子を見つけて驚いた表情を浮かべて尚、いくぶんかの厳しさを残したままだった。

そんなお父さんを見て、のこのことこんな所まで来ちゃったのはまずかった、しまったなぁと思ったから、これ以上邪魔になる前にさっさと帰らなくちゃと。
挨拶もそこそこにお弁当の入った風呂敷包みと大きな紙袋を差し出すと、突然周囲から「おおお!」と歓声があがり、この部屋にこんなに・・・と驚くくらいたくさんの人達が、わらわらとお父さんと青子のまわりに集まってきた。

「疲れたときには甘いものッスよねー」
「お嬢さん、ありがとうございます!」
「青子ちゃんのチョコレートか、長生きはするもんだな」
「しかしこの鬼警部にこーんなかわいい娘さんがいたなんて・・・」
「お前達!ナゼ出てきておるんだ!早く各自の持ち場へ戻らんかー!!」

ものすごい剣幕でお父さんが一喝すると、みんなは、あわあわ蜘蛛の子を散らすように、またどこかへといなくなってしまった。

「はしゃぎおって・・・」

まったく、と大きなため息とともに、お父さんは苦々しい表情のまま、逃げもせずその場に残っていた河本さんに紙袋を渡した。

「みんなに配ってやってくれ。た・だ・し!仕事が終わってからだ。キッドの罠とも限らんからな・・・」
「もう、お父さん!青子は本物だよ!」

一瞬だったけれど、ちらりと青子に対して送った視線と今の言葉で、ようやくお父さんの青子に対する態度の原因がわかったから、誤解を解くべく、お父さんの手をとって、ほらほらと自分の頬っぺたをつねる。
ぎゅぅぅーっと伸びた頬っぺた、それを見たお父さんの驚いたような、そして申し訳なさそうでいてちょっと恥ずかしそうな、とくるくる変わる表情がおかしくて、思わず噴出してしまった。
そんな青子とお父さんを見て、河本さんが、くすりと遠慮がちに笑った。
展示室に残って作業を続けている人たちの間にも、すこし和らいだ空気が流れたようで、しん、と静まっていた展示室に、また活気が戻り始めた。

「いや・・・すまん。以前、キッドが快斗君や青子に変装して現れたことがあったから・・・」
「じゃあ、これから差し入れに来るときは、快斗と二人で来るね。そうすれば、どっちかに変装してなんてできないもんね」

青子にとってはいつもの会話なのだけれど、河本さんにとってはそれがおかしくてたまらなようで、ついに、ぶーっと吹き出してしまった。
お父さんが、すぐにじろりとにらみつけたけれど、河本さんは全然こたえていないようだった。

「おまえ・・・こんなとこで油を売ってていいのか?」
「はいはい、もうじき予告時間ですからね。邪魔者は退散しますけど、青子ちゃんはごゆっくり」

そう言うと、河本さんはくるりと入り口の方へと向き直り、後ろ手にひらひら手を振りながら(多分まだ笑ってるんだと思う)、袋を持って展示室の外へと出ていった。
ごゆっくり、なんて言われたものの、予告時間が近くなっているならば、青子もいつまでもここにいるわけには行かない。

「じゃあ、青子も邪魔になるといけないから帰るね」
「おお、気をつけてな」
「うん、お父さんもがんばってね!」
「まかせておけ、今日こそキッドに引導を渡してやる!」

意気あがるお父さんに、ばいばいと手を振って展示室を後にする。
ひとり美術館の廊下を歩いていると、そこかしこから青子ちゃん、ありがとう!とか、お嬢さん、ご馳走様ですと声がかかった。
きっと、河本さんが通るついでにチョコレートを配っていったのだろう。
青子が思っていた以上に、みんなに喜んでもらえたようだったから、義理チョコでも持ってきてよかったなぁと嬉しくなったけど。

ポケットの中には、未だ渡せていないちいさなチョコレートの箱がひとつ。

結局、ほんとうに受け取ってほしかった人にはもらってもらえなかった。






活気と熱気に満ちた美術館を一歩出ると、日はすっかり暮れていて、しんと突き刺すような寒さに包まれていた。
ひゅうと冷たい風に頬を撫でられ、体温が一気に下がる。
見上げれば、澄んだ夜空には冷たく輝く三日月がのぼっていて、闇夜を裂くような明るい光の中、ちらちらと星も見える。
空気はひやりと冷たかったけれど、あんまりいい月夜だったから、バスには乗らず、駅まで歩くことにした。

美術館の周りは公園になっていて、夕方通った時は、携帯ゲームを片手に走り回る子供達やジョギングを楽しむ人、犬の散歩に来ている人たちでにぎわっていたけれど、キッドの予告時間が迫った今は、回転灯をくるくるさせたパトカーが時折走っているのを見かけるくらいだった。



月に向かって歩きながら、もう一度、そっとポケットの中のチョコレートの箱に触れてみた。

これを買った時には、渡せない、もらってもらえないという可能性なんて考えてもみなかった。
残された箱がこんなにさみしく感じるなら、義理だのなんだとこだわらず、さっきのみんなとおなじように渡してしまえばよかった。
そうすれば、快斗の笑顔だって見れたかもしれなかったのに。
今になって思えば、今日の青子はおかしかった。
らしくなかった、と思う。

さっきの笑声はどこへ行ってしまったのか、唇からこぼれるのは、白いため息ばかりだった。

気づけば、あんなにキレイだった月は、いつの間にかどんよりとした雲に隠されて、見えなくなっていた。

ずんと重くなる足取り。
青子の心にもその雲が降りてきて広がっちゃったみたい。
立ち止まり、空を見上げたまま、ぎゅうと目をつぶると、じんわりと今日一日の気疲れが体に広がってゆくようだった。
たくさん歩いたから体はぽかぽかしていたけれど、まだ手足は冷えたままだったから、早く家に帰って、お風呂にでも入りたいなー、なんて思った瞬間。

しゅん、とまぶたに感じた冷たい感触。
それはすぐに消えてなくなってしまったけれど、またすぐにまぶたに落ちてきた。

驚いて、目を開けると、真っ黒な空から、ちらちらふわふわと白いものが、真っ白な星が舞い落ちてきたみたいだった。

「わぁっ!」

はじめは、ふわっふわと突然あらわれるのがわかるくらいだったけれど、勢いはどんどんと強さを増し、雪が生まれ降ってくる瞬間を見上げていられないくらいになってきた。
小さな粒だった雪は、しっとりとした大きい粒になり、どんどんと降り積もってゆく。
勢いはさらに強さを増し、白い来訪者は、あっという間に公園の木々を白く塗りつぶしてしまった。
もうぼんやりと歩いている場合じゃなくって、あわててダッフルコートのフードをかぶり、駅へと向かう広い通りへと急ぎ足で向かった。



ようやく駅までたどり着き、ほっと一息、暖かいものが飲みたくて、自動販売機はないかと周りを見れば行き交う人は、ほぼ二人連れで、ひとりきりでいるのは青子と仕事帰りと思われるスーツ姿の人たちくらいのものであった。

そっか、今日はバレンタインだから――

「もう!なんでキッドはどーしてこんな日に予告なんてするのよ・・・」

そのつぶやきの最後に勢いがなくなってしまったのは、ただ青子の八つ当たりでしかないから。
目の前を通り過ぎてゆく恋人達には、当然キッドのことなんて全く関係なくて、突然の雪に、お互いを暖めるように身を寄せ合い、幸せそうな表情を浮かべている。
寄り添い歩く姿に、これが自分と快斗なら・・・と想像してみたけれど、そこに自分達の姿を当てはめることはできそうになかった。

結局のところ、快斗と青子には、まだ隣同士のあの距離が、幼馴染という関係が一番居心地がよくて似合っているのだろう。

次に快斗にチョコレートをあげるときは、ほんとうにちゃんと自分の気持ちに答えが出てからにしよう。
そう決めたら、ずんと心が軽くなった。

「疲れたときには、甘いもの、だっけ?」

ポケットからチョコレートの箱を取り出し、思い切って包み紙をあける。
綺麗に並べられたチョコレートのひとつをつまむと、勢いよく口に放り込んだ。





「ちょっとー!聞いてよ恵子!!」

今日の青子、ちょっと元気ないんじゃないかしらと心配していたくらいだったのに、休み時間になったとたん、青子に腕を掴まれ、勢いよく廊下に引っ張り出された。

「・・・今日はなんなの」
「快斗ったらね、あーんなにチョコもらってたのに、バレンタインが何か知らなかったのよ!それなのに、昨日のチョコ持ってるならよこせとか言うのよ!バレンタインって言葉すら知らないくせに!なんなのよバレンケンシュタインだって、こっちがもしもーし?快斗さーん?だよ!ほんと・・・・・・バッカじゃない!」

さっきの一瞬のドキドキをどうしてくれるのよ、とか昨日の決意をどうしてくれるのだとか。
一人ぷんすか本気で怒っている青子にかける言葉は見つからず、出てくるのは大きなため息とつぶやきしかなかった。

「・・・ほんと、あんたたち似たもの同志、お似合いだわね・・・・」



ここまで長々とおつきあいありがとうございました!ほんとうにありがとうございます。

まじ快にもコナンの法則(季節イベントは1回だけ)が当てはまるのかはわからないのですが、原作を読み直したときに、もしこれが一回きりのバレンタイン話なら、ヒロインなのに青子の扱いがあんまりじゃないかと!だって、原作読むかぎりでは、青子がどれくらい快斗のことが好きか、意識してるかはわからないですが、それでも、あの話の下駄箱の青子は、かなり快斗にラブビーム出してると思うんですよ。
それなのに!快斗は、他の女の子からチョコもらいまくって、自分は渡せなくて、挙句それを自分で食べちゃうなんて!!しかも見せ場は手品師vs魔女ですよ。
いやもう、これはどうやっても(たとえチョコを拒否しているとしても)快紅でないだろうかと(誤解のないように・・・いや逆に誤解されるかもですが、それでも言っておこう。私は原作外カップリングに関して言えば、白紅よりは快紅・白青推進派です!快紅がいやなわけでは決してないです)
自分でチョコレート食べるのって悲しかろうなと思ったので、最初に浮かんだのは、あの大自然のマジックの中で、空を見上げて青子が泣いてるとこでした。でも、意地っ張りで泣けないから、顔に落ちてきた雪が融けて、かわりに涙をくれたような、そんな話。
が・・・・・・どういうことか。よくあることですが、書いているうちにそんな場面はキレイさっぱりなくなってしまい(苦笑)気づいたらなんだか前向きな青子が出来上がったのでした。
でも、企画のお話でしめっぽいのはどうかなと思ったし、なんだかこっちの方が青子らしいので、個人的にはこの終わり方で満足してます。やっぱりまじ快はどたばたラブコメがいいと思います!

企画にでも参加しないかぎり、時間をかけて長いお話を書くことをしないぐうたらなので(苦笑)、そんな機会をいただけて、嬉しく思っています。
最後になりましたが、みやさん、ゆうきさん、今年もステキな企画をありがとうございました。

2007快斗×青子 ちょこ・りんぐ

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