もういないあなたへ



目暮相手にあんな啖呵を切ったのは、絶対の確信があったから――。


後は任せた、なんて現場を離れてみたものの本当に任せてしまえるはずもなくて。
報道陣の間では「キッドがついに殺人!」という事になっているようで、部屋を出た俺の周囲には、専任警部からなんらかのコメントを取る様指令を受けたレポーターや記者連が続々集まってきた。

人波を避けて一人になれる場所を探しているうちに、屋敷の裏側へと出てしまい、でもそこは鬱蒼と茂る樹木がうまく俺の姿を隠してくれていた。
喧騒を遠くに聞きながら、上着のポケットから出したタバコに火をつけ、ゆっくり、深く吸い込む。
たちのぼる紫煙の先、空を見上げれば、まるい月が中空に輝いている。

さて、どう転ぶか・・・・・・。

現状では、犯人がキッドという線がいちばんしっくり来るのだろうが、奴は絶対に人の命は盗らない。
その根拠は、と問われると確たるものはないのだけれど、今回のヤマはキッドの名を騙った誰かの仕業に違いないという思いだけがぐるぐると頭と心の中を駆け巡っていた。

「ニセモノなんて、クソ食らえ、だ」

ニセモノ騒ぎは何もコレが初めてというわけではない。
今までも警視庁宛に何通もニセの予告状が届き、その都度看破してきた。
キッドのことなら、と少なからず自負心を持っていたのに、ニセモノに踊らされた自分自身が腹立しくて、思わず口をついたのは悪態。
大人気ない自分自身に苦笑するしかなかった。

ニセキッドといえば、以前白馬警視総監の御子息からちらりと聞いた事があった。
その現場にわざわざ本物のキッドが現れた事があったと。
ならば、ひょっとすると今回も本物のキッドが現場にいるかもしれない。
今回の予告状がニセモノだという事をいちばんわかっているのはキッド自身のはずだから。

でも、キッドはどうして危険を犯してまでそんな事を・・・・・・。


そうつぶやいた若き名探偵。
その疑惑への答えは、うすうす思うところがあったのだけれど、答える事ができなかった。
それは、かたちにならない、いや、することを無意識のうちに拒否している疑惑と表裏一体のものだから。


今のキッドは昔のキッドと違う、そう思い始めたのはいつからだったろうか。
はじめはほんの少しだった違和感が少しづつ膨らんで・・・・・・ずっと、そうずっと奴の後ろを追いかけ続けていたのだから気がつかないわけ、なんてなくて。
その先にある真実の片鱗に気付いたのはいつだったのだろうか。

でもそれでも。
そこかしこに残る、俺の知っているキッドの影。
ニセモノとは思えない。本物だけが持っている何かを今のキッドも持っているから。
俺は奴を本物と認めた。認めたかった。

そして生まれたのが根拠のない確信。
彼は意味もなく殺人を犯すわけ、ない。
その名を穢すようなことを、するわけなどないと。



本来であれば自分の範疇でないとあの場を立ち去らずに、真実を取り戻すために現れるであろう奴を追いかけなければならないのだろう。
それが自分の職務だから。

だけどそうしたくなくて――そう、俺が、俺自身もキッドに汚名を晴らして欲しくて仕方がないから。


まぶたの奥、鮮明に蘇る白い影。
それでも俺は。今尚奴を追い続けるしかなくて――





そんな幻を打ち消す、どさりと言う大きな音。
ゆっくりと瞳を開け見上げた遥か上空には、月に向かってすべりゆく白い影。


ああ・・・・・・


疑惑が確信に変わった瞬間、というのは一体何時だったのだろうか・・・・・・。

2005/11/26


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