それはいつも不意打ち



「待ちなさい、快斗!」
「待てと言われて、ハイそーですかと待つヤツが、いるか、よ!」
「きゃーっ!」

横をすり抜けざまに捲くられたスカート。
そのまま教室の外へと逃げようとした快斗の背中に向け、咄嗟にモップを投げつけた、瞬間。
がらり、と教室の扉が開くのと、がたり、と投げつけたモップが柱に当たって床に落ちるのは、ほぼ同時だった。
そして扉の向こう側には、突然の飛来物に呆然と立ち尽くす英語教師の姿が・・・。

「中森・・・」
「あ、その、違うんです!快斗が・・・」
「黒羽?ど・こ・に、いるんだ?ん?」
「あ、っと、さっきまで、そこに・・・」

入り口はひとつしかなくて、そこには英語の矢崎先生がいるだけ。
辺りを見回しても、快斗の姿はどこにも見当たらなくて、恐る恐る視線を戻せば、じろりと私をにらみすえる視線にぶつかった。

「なーかーもーりー」
「す、すみませんでしたっ!」

結局、快斗は教室に戻ってはこなくて。
青子はひとり居残りをさせられる羽目になってしまったのだ。





「おー、お疲れ、オツカレ!っと」
「ちょっと、今頃ノコノコと!おかげで青子だけ居残りさせられてるんだよっ!」
「まーまー、ホレ差し入れ。これで機嫌直せよ」

今までどこでなにをしていたのやら、前の席の机にどっかりと腰掛けた快斗は、手にしたコンビニの袋から苺大福をひとつ取り出し、ホレ、と青子の前に置いた。

「ふーんだ、そんなもんじゃ誤魔化されませんよーだ!」
「あれ、いらねーの?」
「いりません!」

ふいっとそっぽを向いた青子の目の前で、快斗はかさかさとビニール袋を開け、ぽいと苺大福を口に放り込み、美味しそうに咀嚼しはじめた。

「ほっかー、ほんじゃほれがほとりでへんふふっちまうかー」
「なに言ってるか全然わかんないんですけど」

ほう、と呆れた青子の大きなため息と、もぐもぐもぐもぐ、ごっくんと、と快斗が盛大に喉を鳴らす音が放課後の教室に響く。

「いやいや、しかし惜しいよなー、めっちゃ美味いのになー。甘すぎないこの餡子と苺の酸味が奏でるゼツミョーのハーモニー。いっくらでも食えるのになー。あー・・・でもいくらでも食えたらヤベーよな。青子の頬っぺたが、さらにぷっぷくのブーになって・・・」
「ぷっぷくのブぅぅー!?」

がたりと、勢いよく椅子を鳴らせ立ち上がり、快斗に詰め寄ろうとしたけれど、快斗は悪びれる風もなく、やんわり青子を押しとどめた。

「まーまー、んな怒んなよ。ったく、食わなくてもすぐにほっぺたブーたれんだから・・・オメー、カルシウム不足してんじゃねーの?」
「そんなことないよ、毎朝牛乳だって飲んでるし・・・」
「牛乳・・・そのわりには・・・」

あからさまな視線がちょうど目の前の――青子の胸のへと向けられ、怒りとその距離の近さからの羞恥で頬に血がのぼる。
思わず快斗へ向けて振り上げた拳は、やんわりと、でも有無を言わせぬ力強さで、また押しとどめられてしまった。

「怒ってばっかりだとお肌にも悪ぃぜ?」

ずい、と快斗の顔がありえないほど近づき、ゆるく、唇に押し当てられた生暖かい感触。
何が起こっているのか、何をされているのかすぐにはわからなかったけれど、やわらかくて、ぬめぬめとしたもの、生暖かくてやわらかいものが青子の口の中へと入ってきたことだけはわかった。

「ん、んん・・・っと。な・・・・に、を・・・」
「んー?ビタミンC補給」

はぁ、と大きく息をつく青子とは裏腹に、いつもと変わらぬ様子で目の前にいる快斗を見ていると、つい今しがたのことは夢じゃなかったのかとさえ思えたけれど。
でも、いまだ唇に残る生々しい感触と、口の中に残されたやわらかくて生暖かい、どうやら苺大福の苺と思しき物体が、今の出来事は夢じゃないと告げていて。

混乱したまま、そこにどのくらい立ち尽くしていたのだろう。
気づいたときには快斗はすでに教室からいなくなっていて、机を染めるまろやかな夕焼けの光と青子だけが取り残されていた。



深天碧さんに差し上げたお話です。


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