ファッション



編み物をしている間、なんとなくつけっぱなしにしていたテレビに、きらきらと輝くクリスマスのイルミネーションとぴかぴかまわる回転灯が大きく映し出され、すでにお馴染みになったレポーターが、夜空を見上げ、早口で何かをまくし立てている。
興奮をあらわにした表情を浮かべたその向こう側に、ちらりと見慣れた父親の姿を認めた。
昼間はぬくぬくと暖かな日差しの射す小春日和だったのに、夜になると嘘のように冷え込み、テレビの向こう側の父親の頬は、怒りのせいか、それとも寒さのせいか、明らかに赤く染まっていた。

クリスマスイブの夜にニュース速報だなんて色気がなさすぎだぜ?なーんていう幼馴染の悪態が聞こえてきそうだけれど、気になって仕方ないのだからしょうがない。

お父さんと、そして――白い、怪盗が。






去年のクリスマスイブは、クラスのみんなで青子の家に集まって、運よく間に合ったお父さんも参加してくれて、今の時間もまだわいわいとパーティなんかしていたのだけれど。

今年は、お父さんは参加できないって。
快斗はアルバイトだって。
恵子も、クラスのみんなも。

高2にもなってパーティだなんて、という快斗の言葉じゃないけれど、あれこれとみんなの日程が合わず、結局今年はひとりきり。
夕飯は、なんだか面倒くさくなって、雰囲気だけでも、ってケンタッキーで買ってきたチキンで済ませちゃったし。
一人で食べたら、寂しくてどうしようもなくなりそうだったから、ケーキは買わなかったのだけれど――

「でも、やっぱりクリスマスイブ、だもんね」

誰もいないのに、また言い訳がましいことを口にして。
ぱちりとテレビを消すと、青子は出かける準備をするべく、自分の部屋へと向かった。





未練がましいと思いつつ、いつもの公園で立ち止まり、夜空を見上げる。
凍えて吐く息は白く、真っ暗な空へとひろがり、淡く溶けてゆく。
やっぱりマフラーもしてくるべきだったかなと、ぎゅうとダッフルコートの襟をよせると、手にしたコンビニのビニール袋が、かしゃり、と音をたてた。
ほう、と大きくついたため息が、ひときわ大きな白い塊となって夜空に消えようとした時。

「ほんとうに、貴女という人は・・・」

振り返らなくてもわかる、声の主。

「どうしてそんなに夜の散歩が好きなのですか?」

もう何度目だろう、呆れて問い詰める口調に、すでに毒はなくなっている。
あえて口に出し合ったことはないけれど、ほんとは、お互いにちゃんとわかっているから。
キッドの質問は聞こえなかったことにして、くるりと振り返り、いつものようにじろりと睨みつけた。

「こんばんは、今夜も首尾は上々だったみたいだね?」
「ええ、おかげさまで」
「クリスマスの夜にまで、お仕事しなくてもいいんじゃないの?」
「あいにくと、キリストは泥棒の神様ではありませんからね。汝、盗むなかれ――」
「・・・クリスマスがないなら、泥棒にサンタさんは来ないんだよね?」
「まぁ、間違っても良い子、ではありませんから」
「じゃあ、今夜はトクベツに青子がキッドのサンタさんになったげる」
「は?」

突然の申し出に当惑の表情を浮かべたキッドに、ドキドキがばれないよう、トートバッグから取り出した紙袋を勢いよく、ぐぐいと押し付ける。
赤くなった顔は、寒さのせい、寒さのせいなんだからと心の中で言い訳を繰り返す。
キッドは、一瞬驚いた表情を浮かべ、紙袋の中身を確認した後、さらに驚きの表情を浮かべた。

「ほ、ほら。そのかっこ、夏は暑苦しそうだけど、冬は寒そうだから・・・ね」
「で、コレですか・・・」
「ちゃ、ちゃんと白い毛糸で作ったんだよ?」
「・・・そういう問題なのですか?」
「・・・んもう、そういう問題なの!いいわよ、いらないならお父さんにあげるから」
「いえいえ、せっかく私のために作ってくださったんですから、ありがたく頂戴しておきます。気持ちだけ、とは言わず、ちゃんと」

せめて、邪魔にならないものをって、アレコレ考えたんだよ。
毛糸の手袋じゃ細かい作業できなさそうだし(でもお父さんのためにあえてそうするのもありかとも思ったけど!)
白マントに毛糸の白マフラーは目立ちすぎるし(それに青子が編み物してたの、お父さん知ってるから、青子の手作りだってバレたらさすがにちょっとまずいもんね・・・)
セーターは・・・ほら、あの服の下に来ちゃうと動きにくそうじゃない?(それにもこもこキッドって、どうだかなぁって)
毛糸の帽子は、もちろん論外!(あ、でもシルクハットの下にって手もあるんだよね)
なんて、とにかく、ものすごく、ものすごーく考えたんだよ!

思いもかけない、とうか普通に考えてありえないプレゼントに、キッドはくくく、と笑いをかみ殺していたけれど、ぺろり、と目の前に紙袋のなかみをとりだしてみて、やっぱりガマンできなくなったらしい。
ぶははは、とらしからぬ盛大な声を上げ、笑いはじめた。
そりゃあ、自分でもね、ちょっとどうかとは思ったよ、一瞬、ちらりとは!

「ちょっと!笑いすぎじゃない!いいわよ、返してよ!!」
「一度いただいたものは、お返しするわけにはいきませんよ?」
「盗んだもの、返してるじゃない!」
「でも、これは盗んだものではありませんから」
「そ、それはそうだけど・・・」

むうっとした表情のわたしに、ようやく笑いを収めたキッドは、なだめるように優しく笑いかけると、ばさりと真っ白なマントを翻えした。
いきなりのことに驚いた目の前いっぱいに真白が広がり、マントはゆっくりと重力にしたがって落ちてゆく。
ふたたび目の前に現れたキッドの手からは、青子の力作は消えさっていた。


「暖かいですよ、とっても」

そういってぺろりとめくったスーツの下には、真っ白な毛糸がちらりと見えた。
次の瞬間、ガマンできなくなったのか、またぞろ腹を抱えて笑うキッドのそのお腹に、それでも夜目にも鮮やかな白い――白い腹巻がきちんとまかれている事実がなんだかおかしくて、青子もつられて噴出してしまった。

ふたりバカみたいに夜の公園で笑う。
そんな時間が、とてつもなく嬉しくて、愛しかった。


2006/12/25


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