納得いかない
「ひとつ聞きたい、なぜ、こんな事を・・・?」
目の前には、だらしなく白衣を着た男がひとり。
その白に、かつての面影はなく、目の下の隈と無造作に置かれた大量のコーヒーの空き缶がここ数日の寝不足っぷりを猛烈にアピールしている。
ロンドンに拠点を移してからというもの、彼と会うのは、専らヨーロッパで ―― とはいえ、それも1年に1度あるかないかくらいのことで、メールや電話でやりとりはしていたけれども、日本で会うのは、高校を卒業して以来 ―― 7年ぶりくらいでしょうか。
帰国にあたって、土産を持っていく旨を伝えたところ、締め切りで動けないから大学の研究室へ来いと言う。
大学?締め切り?研究室?
何か新しいトリックでも研究しているのかと思っていたのに ―― いやそもそも、大学の研究室でそんな事を研究するわけがありませんね。
僕としたことが・・・。
つい懐かしい台詞を口にしてしまいましたが、あちらはなぜ今更そんな事を聞くのかと言わんばかりの態度です。
なぜかって、聞いていなかったからなんですが、ね。
「んなの決まってんだろ。そりゃあ・・・」
「それは・・・?」
「学割きくから」
「は?」
「学割。ショーで海外に行く時だって、地方に行く時だって、ぜんっぜん違うんだぜー?学生の頃と違って、授業詰まってるわけでもねーし、しかもそれで博士号までとれるってんだから一石二鳥だろ」
マジシャンで博士とか、かっこよくね?なんてうんうんと満足そうにうなづくと、彼はまたうず高く詰まれた資料に目を通し始めた。
マジシャンとして、成功していると言ってもいい。
キッドは廃業しているはず。
なのに、いつまでも学生でいる彼に、なにか、なにかキッドのときのような秘密があるのだろうかと思ったのだけれど。
「聞いた僕が愚か、でしたね・・・」
学費の方が高いのではないかと言う疑問は、口にするだけ野暮でしょう。
2012/05/18
これもたぶん前サイトの拍手用に書いてて放置してたものだと思います。