夏休み



来年の夏休みは、きっと受験勉強で忙しいはずだから、そして長く学校を休んでいた分、人より多く宿題を出されてしまったから。

毎日ちょっとづつでも時間を作って勉強会をやらねえか?

なんて言い出したのは新一の方だった。
たぶん、夏休み中も事件だと言っては出かけていくに違いないから、毎日少しでも会える機会があると思うと、とっても嬉しかった。

付き合い始めて1ヶ月とちょっと、二人の間の距離が幼馴染の頃と劇的に変わったかといえばそんなことはなくて、でも、こういうちょっとしたことで、ああ、付き合ってるんだなあって再確認できて、嬉しくなる。
今まで離れていた分、時間を埋めようとしてくれる、そんな優しさが嬉しかった。


「んじゃ、ここからここまでが、蘭。で、あとオレな」
「うん、ここまでだね?」

男の家に毎日ひとりっきりで行くなんて許さん、勉強だなんていってなんの勉強する気だ、等々。
お父さんが変に勘ぐってうるさく言うので、いつもは調べものにも便利だからと、クーラーがきいて居心地のいい区立の図書館に集まっていたのだけれど、あいにく今日は休館日。
どうしようかと考えたけれど、蘭の家になんて行ったら、それこそ追い返されるんじゃねーか?という新一の意見はもっともだったので、新一の家へ行く事になった。

やましいことなんて全然ないのだけれど、バレたらまたうるさいんだろうな、お父さん、と苦笑がもれてしまう。
そしてそうやって心配してくれているのに、とちょっと申しわけない気持ちになった。



新一のいない間、時折掃除には来ていたけれど、新一が帰ってきてから工藤邸に行くのははじめてだった。

寝椅子に読みかけの小説と雑誌が置き去りにされているほかは、男の一人暮らしにしては、小奇麗に片付けられていて、新一はリビングに涼しげなガラステーブルを持ち込み、わたしが台所からよく冷えたコーヒーとオレンジジュースを持ってくると、ふたり頭をつき合わせ、問題に取り組みはじめた。

すらすらと進んだのは、はじめの30分くらい。そのうちいくら考えても解けない問題がいくつもでてきたので、うんざりしはじめた気分を切り替えるため、飲みもののおかわりを取ってこようとノートから顔を上げると、新一は頬づえをついて、つまらなさそうにしていた。
でも、わからなくてと言うわけではなく、えんぴつはさらさらとノートの上を走っている。
新一、数学得意なんだよね。
わたしも負けてられないなって。
少しぬるくなったオレンジジュースの残りを一気に飲み干したけれど、席は立たずに視線をノートに戻した。



最後の問題を解き終え、ふうっと大きく息をついて顔を上げると、何時からわたしを見ていたのか、新一と視線がぶつかった。

「新一、おわり?」
「おう」

ぶっきらぼうな返事。なのに、わたしから視線を外すことはなくって、そんな新一を見ていたら ―― 新一、キスしたいんだ、って。
根拠はなかったけれど、ふいにそう思った。
そして自分もしたいな、って、ごく自然に思えて、驚いた。

「あ・・・」

新一まで約50センチ。
ガラステーブルに両手をつき、一気に距離を縮める。
お疲れさまとダイスキの意味を込めて、ほっぺたにちゅっとキスをひとつしてみたら ―― 新一はすっごい驚いた顔をしてほっぺた押さえ、じり、じりと後ずさりをはじめた。

いや、だったのかなぁって、そう思ったのが顔に出てしまったのだろう。
新一は、いや、違う、そうじゃなくて、と少し赤い顔で、相変らず頬っぺたを押さえたまま、もぐもぐなにかを呟いていたけれど ―― ぎゅっと目をつぶった、次の瞬間。
わたしと新一の距離が、ゼロになった。


2006/07/08


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