発見



例年に比べて少し早めに出された入梅宣言を受けてか、ここ一週間は雨ばかり。
じめじめした蒸し暑い日が続いていたけれど、今日はからりと晴れ、窓の向こうには雲ひとつない青空が広がっていた。
開け放された窓からは心地よい風が吹き込み、教室に篭っていた湿気はゆらゆらと大気へ戻されてゆく。
眩い初夏の陽光が、机の天板を程よく温め、早々に弁当を平らげて満たされた胃袋と相まって、俺の眠気を誘っていた。

「ねみー・・・ったく、あのやろ・・・マジありえねー」

月がなくては仕事にならない。
今回は予告状は出さず、確認だけしてさっさと帰るつもりだったのに、家に帰り着けたのは、夜も明けきった午前7時だった。
徹夜というだけにとどまらない疲労感の元凶は、偶然その場に居合わせた事件を呼ぶ男(7)のせい。
おかげで、午前中はずっと寝ていたにもかかわらず、未だ眠くて仕方なかった。

人間の三大欲って、睡眠欲と食欲と、あとひとつ何だっけ、なんて回らぬ頭で考えてみても、さっぱり思い出せなかった。
ゆっくりと下がる瞼。とろとろと遠ざかる意識。
眠りに落ちる寸前の、この模糊とした世界が気持ちよすぎて、このまま寝入ってしまうのがなんだか惜しくって。
俺はうっすら瞳を開いたまま、ゆらゆらとまどろみの世界に浸る。

ぼんやりとした視界に、ひらひら翻る制服のプリーツスカートが近づいてくるのが見えた。
すでに夏服へと衣替えされているそれはひどく薄く、日に透けて、足のラインがうっすら浮かび上がっていた。
ひらひらひらひら、窓から差し込む光を受け、歩くたびに足首まですらりと伸びた細い足のラインが強調される。
それはもう本当に無意識の行動で、俺はそのひらひらを、ふわりとめくりあげた。



ひらひらの奥、ちらりと見えた真白。
しかしそれはものすごい勢いで視界から消え去り、その代わりに手のひらが机に叩きつけられた鈍い痛みと何かがくしゃりと押しつけられてつぶれた感触とがやってきた。
ぼんやり寝ぼけ眼で見上げた先には怒りと羞恥で頬を朱に染めた青子の顔。
俺の手元には、購買で買ってきたであろう餡ドーナツの無残な姿があった。
青子はほっぺたを紅く丸く膨らませ、両手をばばんと机について怒りはじめた。

「ちょっと!ナニするのよいきなり!寝てたんじゃないのっ!?」
「あー・・・めくってくださいといわんばかりに裾ひらひらさせて寄ってくるほうが悪いんだよ」
「仕方ないでしょ。制服なんだから。それに、青子の席、快斗の隣なんだし」
「こっちも仕方ねーんだよ。三つ子の魂百まで、マジシャンの条件反射みてーなもんなんだから」

のろのろと机から身を起こし、大きく伸びをひとつ。
そのままどっかりと椅子の背もたれに体を預け、うんうんと、一人納得する俺に、青子はじろりと不信感いっぱいの視線を浴びせる。

「例えばな、ほれ、ここに取り出しましたる真っ白なハンカチ。さっとめくると――」

俺はポケットからハンカチを取り出し、ふわりと右手にかぶせた。
ちいさくカウントを取り、素早くそれをめくる。
果たしてそこには、さきほどぺちゃんこにつぶされたはずのアンドーナツがまるまると美味そうに収まっていた。
ほらよと青子に手渡すと、さっきまでの怒りはどこへやら、青子の瞳がぱあっと輝いた。

「な?目の前にこういうひらりとしたもの出されるとめくらずにいられねーんだよ」
「でも、やっぱりそんなの言い訳よ。詭弁よ絶対」
「逆に同情して欲しいくらいなんだぜ?なかみが青子のお子様体型、お子様パンツだってわかってても!めくらずにはいられないなんて……」
「なっ・・・」

またぞろ頬を桃色に染め、言葉を詰まらせた青子は、机に頬づえをついてニヤニヤと見つめる俺の顔面に、ぐーでパンチを見舞ってきた。
それをひらりとかわし、ケケケ、と笑うと、むうと頬を膨らませる。

「覚えてらっしゃい、バッ快斗――!」

本当はスカートのなかみなんかよりも、そんな青子の顔を見ているほうが面白いし、飽きない。
だから、スカートめくりのような子供じみた事を何時までも続けちまうんだな、なーんて。

本人には口が裂けても言えないけれど。

2006/09/15


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