痛くて



ひみつを知ったのは、満月の夜。


呼び出したのは、快斗のほう。
なのに、どうして黙っているの?
沈黙に耐えられなくなったのは青子のほう。
なのに、何を言えばいいのかわからない。

暗闇に浮かぶ真っ白な衣装。
後ろには、やたらに大きな赤い月が浮かんでいて、ばさばさとはためくマントに、影を落としていた。

 

「どうしてキッドがここにいるの?」

返事はない。

「快斗、なの?」


問いかけに返事はなく、かわりに、白い影がゆっくりとこちらに近づいてくる。
歩きながら、モノクルへと指がのばされた。

どうしよう、胸が痛い。

立っていられなくて、がくり、と膝をついてしまったわたしを、じっと見下ろす視線が痛い。
目の前のキッドは、座り込んでしまった青子に視線をあわせてしゃがみこみ ―― モノクルが外された。

いやだ、見たくない。
キッドの正体なんて知りたくなかったけれど、視線を逸らすことができない。

あらわにされた瞳は、薄く笑っているのに泣きそうに見えて、瞳に映る自分の姿を見て、私のほうが泣きそうになる。
零れそうになる涙を見られたくなくて、抱きついた。
そのまま抱き寄せられ、引き寄せられ、ぎゅうときつくきつく抱きしめられる。
視界を埋め尽くす白に、こんなの全然快斗じゃないと思うのに、目を閉じてしまえば、背中に回された腕のやさしさが、抱きしめられたときの心臓の音が、夜の闇をまとっているのに、お日様のにおいがする、感じるすべてが快斗でしかなかった。


何か言わなくては、と思うのに、うまく言葉が出てこない。


「・・・快斗は、痛いことばっかり」
「・・・そうかもな」

ぶっきらぼうで、でもやさしい幼馴染。

「怪盗キッドなんていう名前が痛いし」
「この名前つけたのは俺じゃない」

そうだね、快斗が生まれるまえからいるんだもんね。

「その衣装も痛いし」
「これも、好きで着てるわけじゃない」

そうだよね、昔と変わらないって聞いてる。

「泥棒の癖に、わざわざ取ったもの返しちゃうとこだって、中途半端で痛いと思う」
「必要ねーもん持ってたって、仕方ないだろが」

必要ないのに盗んでいる、理由はわからない、知らないけれど、その潔さが快斗らしいと思った。
それで罪が軽くなるわけではないのだけれど。

「次の日に、わざわざ学校で新聞読んでるとか、自意識過剰だと思うし」
「朝はギリギリまで寝ててーんだよ、でも仕事の首尾は確認しとかないと」
「・・・オヤジくさい」
「うるせー」

そんなところも、大好き、なんて。
そう言ったら、快斗はどうするんだろう。

大好き。好き。

たとえ何があっても、何を言われても、何をされても、こんなに大好きだなんて。

もうただの幼馴染じゃないから、その関係を失いたくなくて、本当は、なんとなく気づいていたのに、見てみぬふりを、気づかないふりをしていた。

真実を見せてもらったけれど、呼びかけにはこたえてくれたけれど、まだはっきりとした言葉をもらっていない。
ねぇ、今のあなたはキッドなの?快斗なの?

快斗に会いたくて、快斗に触れたくて、そっと快斗の唇に自分の唇を重ねた。
軽く触れるだけのキスだったけれど、突然の青子の行動に、快斗はひどく驚いたようで、青子を抱きしめたまま固まってしまった。



「はじめてキスしたとき、おでこぶつけて痛かった」
「あ、あれは!ふ、不可抗力だ」
「・・・無理やりされた時だって痛かった」
「あれは、まあ、その、すまなかったなと思っています」

ふい、と横を向いた顔、夜目にも耳が赤いのは月のせいだけではないはず。
だって、言った青子だって恥ずかしい。

あああ、とおかしな声をあげて、青子を抱きしめたまましゃがみこんでいる姿は、もうすっかり怪盗キッドではなく、青子のよく知っている、青子の、青子だけの幼馴染でしかなくて。

「今はね、心が痛いの」
「青子・・・」
「痛いよ、心が」
「ごめん」

違うの、痛いのは、私があなたを傷つけていたから。

私の頬へと伸ばされた、 快斗の冷たい指先が触れた瞬間、涙がこぼれた。

「ごめん、なさい・・・」
「なんで、オメーが謝るんだよ」

キッドなんて大嫌い。

青子の嘘をごまかす為のこの言葉で、何度、彼の前でこの言葉を吐き、彼の心を傷つけていたのだろう。
私は、この大好きな人を大嫌いと言う言葉で、どれだけ傷つけたのだろうか。

あふれてとまらないのはなみだ。それともやり場のない気持ち。




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