キライ



「ちょっと!なにボヤボヤしてるのよ!!こっちよ、こっち!!!」

そういって、強引にマントを引っ張り、階段室から廊下に引きずり出した腕の持ち主は、一週間ほど前に「ダイキライ」のひとことを残して走り去った幼馴染だった。





あの時の青子は、瞳に涙をためながら言ったはず。

「イヤよ、もう、なんなのよ」
「青子」

伸ばした指先は、ものすごい勢いでふりはらわれた。

「さわんないでよ!もう、嘘つき、うそつき、ウソツキ!なんで、なんでなの!? ―― っ、ダイっキライ!」

感極まったのか、そう一声叫ぶと、青子はそのまま走り去ってしまった。
後を追う事は・・・できなかった。
いつもは、羽根のように軽い体が、水を ― 青子の涙を吸ったかのように重くて。

携帯へ電話をかけてみたが、着信は当然のように拒否されていた。
当たり前だけれど、青子のほうからは連絡なんてよこしてはこなかった。


俺は、あの日から学校へは行っていない。


タイムリミットまであとわずか。
組織の奴らもあせりはじめたのか、すべてをキッドのせいにすることによって、おおっぴらにビッグジュエルを当たりだしたので、残りはとてつもなく少なくなっていた。


次の仕事は、当たりだ。


その感覚に根拠なんてなかったけれど、こういう時の勘は当たる――そして、ほんとうにビンゴだったわけだけれども。

だから、今回はいつも以上に準備に時間をかけたかった・・・というのはやっぱり言い訳だろう。
ほんとは、青子に会うのがこわかったから。

予告の前に長期で学校を休むなんてことをしたら、ただでさえ不信感をあらわにしている白馬に確信を与え、自分の居場所が本当になくなってしまうかもしれないと。
頭ではわかっていても、体が動かないことがあるってことを、このとき初めて知った。

それに・・・ひょっとするとすでになくなっているのかもしれないという思いを否定しきれなかった。
青子が、青子が警部に話さないという保障なんてどこにもないのだから。





だから、この一週間の間に彼女に何があったのか、それより何より、どうしてここにいるのか。
わからないことだらけだった。


「な・・・」
「ほらっ、ボヤボヤしてると見つかるわよ」

そういって、ぐんぐん歩いていく先には非常等の灯が見えた。

「ここは・・・」

警備が全くされていないなんて怪しすぎる。
非常口から出て行くのを躊躇する俺に、そっぽを向きながら青子が言い放った。

「なにぼうっとしてるのよ!はやく・・・早く行きなさいよ!」


躊躇していた俺の耳元で、思わぬ人物の声がした。


「・・・ここは、警視総監のご子息の警備担当区域よ」
「紅子!おまえなんでここに・・・」


どうして紅子が、しかも魔女の装束でいるのか。
そして、白馬もナゼ――

でも、青子が俺の逃げるルートを予想できたナゾはこれで説明がつく。

こいつら・・・。


「ほら、10分だけの約束だから。だから、ボヤボヤしてないで早く行っちゃいなさいよ!」
「・・・あなたは、キッドが嫌いだったのではなかったのですか?」
「キライ、キライよ。大っキライに決まってんじゃない。嫌い、嫌い、キーラーイ、キッドなんて大大大っキライなんだからっ!」

真っ赤な顔でキライを連発する彼女は、一週間前と少しも変わるところがないようなのに。

「では、なぜ・・・」
「・・・だって、まだ返してもらってないんだもん」
「へ?」

何を言っているのか本気でわからなくて、キッドとしてはありえない間抜けな声をだしてしまった。
そんな俺をちろりと見た後、すぐに俺を正面から睨みつけながら続けて言い放った。

「あんた、盗んだものは必ず返すんでしょ!?」
「えっ、ええ・・・・」
「今つかまったら、返してもらえなくなっちゃうから!だから、だから・・・早く返しにきてよね!」


キッドが青子から盗んだもの・・・。


「あおこ・・・」


思わず伸ばした指先は、やっぱりものすごい勢いでふりはらわれた。


「ちょっと、さわんないでよっ!言ってるでしょ、キッドは大嫌いなんだから・・・」


そのまま下を向いてしまった青子の表情はわからなかったけれど、一週間前とは、明らかに違う。それだけはわかった。


「では・・・では次にお会いする時は月明りの下でなく、陽光の下で・・・な、青子」


モノクルを外して、一瞬だけ快斗に戻る。
驚いて、顔をあげた青子をふわりと抱き寄せた。
青子は、今度は抵抗しなかった。

「ば、ばかいとぉ・・・」

ほんの一瞬の抱擁のあと、俺はもう一度モノクルをつけて月下の奇術師へと戻る。

すべてを終わらせるために。
そして一番大切な人から奪った黒い宝石を返すために。

2005/02/09

ふたりは付き合ってるわけでなく幼馴染という設定で。



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