秘密



「・・・・・・ネタはあがってるのよ」

そう言って。
昼休みに教室で新聞を読んでいた俺の横で腕を組み、仁王立ちする女ひとり。

中森青子(17)

そんなに足開いて立ってっとスカート捲り放題だぜと忠告してやるべく視線を上げれば、目の前の青子は、いつもと違って勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

「んだよ、ニヤニヤしやがって気持ちワリィなぁ」
「フッ、青子様は何でもお見通しなのよ。観念しなさい、快斗」
「フッ、って・・・オメーは何座の聖闘士なんだよ」
「花も恥らう乙女座」
「いや、べつにオメーの星座を聞いたわけじゃ・・・しかも花も恥らうんなら、その大股開きはアウトじゃないんですか青子サン」

俺のツッコミというか忠告をさらりと無視し、青子は相変わらず余裕たっぷりの笑みを浮かべたまま俺の前の席にどっかりと腰を下ろし、広げていた新聞をがっさりと引き下げた。
いつもとは明らかに違うアプローチに、なんだかいやーな予感がする。
とにかくコイツは、このIQ400の頭脳の予想をはるかに超えることばかり思いつき、実際にしでかしてくれる女なのだ。

「で、なんで俺がオメーに観念しなきゃならねーんだ?」

机の上でくしゃりとつぶされていた新聞を小さく丸めて青子の目の前から消し去り、そのまま頬杖をついてため息をひとつ。
目の前でふふふと余裕の笑みを浮かべていた青子は、いきなりデコがぶつかるんじゃねーかってくらい顔を寄せ、さっきとは一変してちろちろと横目で周囲を伺いながら、ひそひそ声で話しかけてきた。

「わかったのよ、すべてが」
「は?」

――す、べて?

それは、秘密多き多感なお年頃である一般男子高校生と比べてなお、遥かに大量の隠し事を持つ身としては、聞き捨てならない言葉だった。
思わず崩れそうになったポーカフェイス。
ごまかすため、うっかり逸らしてしまいそうになった視線を青子から離さないよう、逆にまっすぐに見つめ返す。
いつもの青子なら、すぐに視線を逸らすのだけれど、今日は、何か言いたそうな表情で、じっとオレの顔を見つめ返してきた。
そのくせ、自分からはそれ以上話そうとしない。
なにがわかったんだと問い詰めたくて逸る気持ちを抑え、崩れ落ちそうなポーカーフェイスを無理やり貼り付け、ゆっくり、言葉を選んで問い返す。
ここで、あせりは、禁物だ。


「さっきから勿体ぶりやがって。大体なんなんだよ、オレのすべてって。なんかイヤラしいわねー、青子ちゃん?」
「ふふん、そんなこと言って誤魔化そうとしてもムダよ。青子、ずっと気になってたのよ。最近の快斗の怪しげな行動が」
「ほほー、怪しげな行動、とな」
「そう。最近の快斗、授業中寝てばっかりだし」
「前からそうだろが」
「付き合い悪くなったし」
「クラスも登下校も一緒で、これ以上どう付き合えと」
「だって休みの日あんまり家にいないじゃない」
「オメー、いつ家に来たんだよ・・・」
「たまに出かけても上の空だし」
「青子様とお出かけさせていただくのに上の空なんて失礼なことするわけが」
「んもう!してるってば!だから・・・・・・」

ちょっと俯いてため息ひとつ。ほんの少し声のトーンが落ちる。

「はじめはね、快斗に彼女でもできたのかと思ってたの」

いるわけねーだろが、とため息まじりにつぶやいた言葉は青子の耳には届いてくれなかったらしい。
しかし青子は、「がばぁぁぁ」という効果音が聞こえそうなくらいの勢いで顔を上げ、俺の目の前に「びしぃぃぃ」ってな効果音が聞こえるんじゃないかと言うくらいの勢いで人差し指を突き立て、元気よく言い放った。

「だから、快斗を調査することにしたの!」
「オマエなぁ・・・・・・」
「だって快斗の彼女ってどんな子か気になるじゃない!青子にこそこそ隠してるくらいなんだし」
「いやだから、カノジョなんていねーから!」
「うん。それは1ヶ月に及ぶ尾行で判明したよ」
「オメー、そんなにオレのことつけまわしてたのかよ」
「そして、ようやく快斗の行動の全てに辻褄が合ったのよ!」
「それ、得意げに言うことじゃねーから!そういう輩をストーカーって言うんだぜ」
「ストーキングじゃないよ、尾行だもん!ちゃんと白馬君にレクチャーしてもらったもーん。尾行は探偵の基本ですよ、黒羽くん?」
「あんにゃろ・・・」

俺の周りをうろついている気配には、当然気付いていた。
はじめは組織の連中かとも思ったけれど、どう考えても気配丸出し、素人丸出しだったから適当にあしらう事数回。
まさかそれが青子だったとは・・・。

確かに、ここ1ヶ月ほどは、かなりのハイペースで仕事をこなしていたので、ちょっと青子に対する気配りに欠けていたかもしれない。
しかし、まさかそんな事を思いついて、しかも実行に移しているなんて。
さすがあの警部の娘といったところか、血は争えねぇ。


「快斗、キッドの予告の日はいっつも家にいないでしょ」

ぎく

「で、後つけてもいつの間にか見失っちゃうの。予告現場近くで」

ぎくぎく

「予告の次の日は絶対学校で新聞読んでるでしょ。自分達の仕事の確認してるんだよね」

ぎ・・・・・って、いまなんか漢字一つ多くなかったか。

「お父さんにはね、快斗のことは黙っててあげるから。だから大丈夫だよ、快斗は」

大丈夫だよ、"快斗"は?


青子は、俺の手をとってがっしりと握り、したり顔でうんうんうなずいているけれど、ちょっと待て。
やっぱりなんかヘンじゃねーか?


「なぁ、もう一回確認するけど、オメーは一体誰の何の話してるんだ?」

ひょっとしたら俺たちの思惑は全然サッパリ噛み合ってないのではなかろうか。
だったら、こういう疑問は、速やかに解決しておくに限る。
今後のため、一応確認をしておくべく問いかけた俺の顔をまじまじと眺め、青子は何を今更と言わんばかりの口調で繰り返し言った。

「へ?なんのって、だからそれは最近の快斗の怪しげな行動の理由について、だよ?」
「だから、なんなんだよ、それ。はっきり言ってみ」
「だから、快斗は・・・・・・快斗はキッドの手下をしてるんじゃないの?」
「はぁぁぁっ?」

盛大なマヌケ声を出した俺に、青子はあれ?と言ったかんじで首をかしげた後、一瞬の間をおいて首まで真っ赤になった。

「ちっ、違うの?」
「ぶ、ぶははははははははははははぶはぶはははははははははぶっはっはっ」
「ちょ、ちょっとなんなのよ!なんでそんなに大笑いすんのよっ!」
「ひー、ハラ痛てぇ。それマジでありえねーから。購買のコーヒー牛乳かけてやるぜ、俺はキッドの"手下"じゃない」
「えーっ!?お父さんがキッドには手下がいるって言ってたし、絶対だと思ったのに!」

驚いてあわあわしはじめた青子の頭をぽんぽんと軽くはたき、笑いをかみ殺しながら席を立つ。

「残念でした、迷探偵さん♪や、女迷警部殿、かなー?」
「むぅぅ、絶対だと思ったのに。じゃあ一体なんなのよっ!?」
「それは秘密だ、秘密。」
「えーっ!教えてくれたっていいじゃない」
「ヒーローは常にミステリアスじゃねーとな」
「誰がヒーローよ、バッカじゃないの」
「あー、笑いすぎでなんだか喉かわいちまったぜ。青子購買行くぞ、購買。青子ちゃんのユカイな妄想に乾杯しようぜ」

なにじゃあ、キッドの追っかけ?それとも・・・・・・などと納得行かないといった表情でまたあれこれ考え始めた青子をほれほれと急き立て、俺は青子にコーヒー牛乳を奢らせるべく教室を出た。

―― 嘘はついてねーぜ。俺は【手下】じゃあないからな、青子。



2005 ハッピー快斗デー!ハッピーバースデー快斗!

なのに、お誕生日を祝う内容のものでは、全然サッパリないですが(苦笑)
改めまして、はじめまして。Humoresqueというサイトをささやかに運営させていただいておりますミシマナミと申します。
参加したいな、と お題見たときに、せつなーいかんじのと、コレとが思い浮かんで、誕生日に切ないのはなかろう、ということでこっちを書かせていただきました。
またギリギリに滑り込みだったので短くておバカな話ですが、私の幼馴染快青の基本はこんなかんじなのでしたー。

最後になってしまいましたが、えりさん、ハッピーな企画をありがとうございました!
そして、ここまで拙文を読んでくださった方、ほんとうにありがとうございました!!


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