ここにいる、ここでまってる



ふわふわと、やわらかな雲に包まれているような心地よいまどろみは、ざわざわとした気配にかき消され、ゆっくり、意識が現実へと引き戻される。


うっすら瞳を開けると、既に昼休みになっているようで、わいわいとおしゃべりしながら,席で弁当を食べている女子のかたまりが見えた。
自分の弁当はすでに胃袋の中。
もうひと眠りするかと意識を手放す直前、女子たちの向こう側の教室の扉が、からりと勢いよく開かれ、どこへ行っていたのか、青子がほわほわとした足取りで教室へと入ってくるのが見えた。
眼を開けていられなくて、再びとろとろまどろんでいると、頭をぱふりと柔らかいものではたかれた。

「かーいとっ。もうお昼だよ?ほんっとに寝てばっかりなんだから」
「あー・・・おこ」
「もう、寝る子は育つって言うけど、どこが成長してるんだか」
「オメーには逆立ちしたってわかんねーところが成長してるんだよ。やだやだ、これだから本物のお子様は・・・」
「ふーんだ。そんなこと言うヒトには、トクベツに買ってきてあげた、この限定焼きそばパンはあげませーん。青子が食べちゃうんだから」
「おおお・・・気がきくな、青子。いや、青子様」
「うむ、ありがたく食べたまえ」
「ほらほら青子、夫婦漫才はそのくらいにして。時間なくなるよ。わたし、お腹ぺっこぺこ」
「恵子!もう、そういうのじゃないんだから」

青子はまだなにか言いたそうだったけれど、弁当箱を手にやってきた恵子にプリンを手渡し、自分も弁当を広げはじめた。
きゃいきゃいと、他愛のない会話をはじめた二人を横目に、焼きそばパンのラップをはがし、ひとくち。

うめぇ・・・。
焼きそばパンって、炭水化物に炭水化物なのにマジ美味ぇよなぁ。
パンにソースに紅ショウガ・・・パンと紅ショウガを一緒に喰うなんて普通ありえねぇのに、この取り合わせの妙を思いついたやつスゲーよ。

くだらないことを考えつつも、食は進み、小腹が満たされると、またぞろ心地よい眠りの雲に包まれそうになる。
机にだらりと崩れ落ちれば、ぽかぽかと暖かな日差しが心地よかった。

もうひと眠りしようかと、意識を飛ばしかけたところで、突然、青子から話が振られた。

「そうだ、快斗。紅子ちゃんって、お昼どこにいるか知らない?」
「しらねー、というか知るわけねー」
「そうなの?」
「そうなのって。なんで、俺がんなこと知ってるんだよ」
「うーんと、仲良しだから?」
「お前には、あれが仲良しに見えるのか・・・」

確かに危ない所を助けてもらったりしたこともあるけれど、仲良しというにはほど遠い関係だと思うのだが・・・。

「私のものにおなりなさい」と怪しげなものを食わせて脅してしてみたり。
怪しげな呪いで下僕にしようとしてみたり。
そういや、どこで売ってんだかわかんねーよーな、でっけー鎌持って殺されそうになったこともあったよな・・・。

会話そのものが成り立ってねーことだってあるんだぞ、と反論しようとしたところで、青子が思いもかけないことを言い出した。

「だって、快斗にだけだと思うよ」
「何がだよ?」
「何が、って・・・自分から話しかけるの」

気づいてた?と問いかける青子が、あまりにもさみしそうな表情を浮かべていたから、不覚にもどきりとしてしまって、次の言葉が出なかった。
だから、ほんの少しの期待を込め、わざとふざけた調子で聞いてみた。

「やきもちかな〜?青子ちゃん」
「うん」
「・・・へ?」

あまりにも素直な返答に、聞いたこっちが驚いてしまった。
けれども。

「青子だって、仲良くなりたいのに、快斗ばっかりずるいんだから!」
「はぁ!?」

お子様青子に何か甘いものを期待した、俺が甘かったですか。
愚か、でしたか・・・。
がくりと肩を落とした俺に、何かを察したのか恵子が憐れみを含んだ微妙な視線を向けてくる。
ああ、そんな目で俺を見てくれるなよ・・・。
ジロリと睨みつけると、慌てて視線をそらせ、話題を変えてきた。

「そ、そうだ!快斗君、明日の「白馬君を囲む会」の出し物はなにするの?」
「はぁぁ?なんだそりゃ」
「え・・・青子から聞いてないの?」
「・・・初耳だぜ」
「あれ、言ってなかったっけ?帰ってきてるんだよ、白馬君。だから、ぱあっと歓迎会するんだ!」
「オメーな、ぱぁっと歓迎会はいいとして、どうしてアイツの帰国予定を事前に知ってるんだよ」
「だってメル友だから」
「左様ですか・・・・ということでパスだ」
「えええー!今、いいけどって言ったじゃない!それに明日は土曜だから学校休みだよ」
「それは、言葉のアヤだ。大体、どうして俺があんなヤローのために、貴重な休日潰さなくちゃなんねーんだよ」
「だって・・・仲良しじゃない」
「ど・こ・が、だーっ!」
「白馬君、いつも快斗のこと気にしてるよ?会えるのも、すっごく楽しみだって・・・」
「それはな、仲良しだからではないんだ。決して、絶対」

そう、あいつがそんな会で会うのを楽しみにしているわけなどなく、おそらく今夜、ちゃっかりしっかり現場にいるに違いない。
まあ、正直、警部だけじゃ、最近ちょっと物足りなかったし、帰国祝いってことで、いつもよりぱぁっと、゙派手にやってやるのも悪くないだろう。
そうと決まれば、悠長に授業なんて受けている場合じゃあないぞ。
がたり、鞄を手に派手に椅子を鳴らして立ち上がった俺を、青子がびっくりした顔で見上げる。

「ちょっと、快斗!どこ行くの!?」
「あなたの知らないステキな世界」
「なによソレ!?授業どうするのよっ!」

わーわーと騒ぐ青子は、明日の会にちょろっと顔でも出せば、機嫌もなおるだろう。
してやられた白馬がどんな面してやがるか、見てやるのも悪くねーからな。

赤丸急降下だったモチベーションがぐんぐんとあがるのがわかる。
どうせやるなら、楽しまねーと――

俺は今夜のための睡眠時間確保と計画変更の思案をするべく、教室を後にした。







青子のほうを振りかえること無く、教室を後にした快斗の背中を見送って、ため息をひとつ。
視線を戻せば、にやにやとしながら恵子がこっちを見ていた。

「ね」
「・・・なに?」
「さっきの。ほんとは、ちゃんと、やきもちなんでしょー?」
「うーん、やきもち、というか、なんというか・・・そういうのとは、なにか違うものな気が、する」
「そういうものなの?」
「そういうものなのです」


ただの幼馴染と言いつつ、青子にとって、快斗は特別だった。
確認なんてしたことは無いけれど、快斗にとっても、青子は特別だったはずだ。
そう、そんなこと改めて確認したり意識するまでもなく、青子の隣には快斗がいて、快斗の隣には青子がいて、いろんなものを共有していた。

でも――いつからだろう、青子のいたその位置に、紅子ちゃんや、白馬君がいると思える時がある。

ううん、青子のいる場所は、きっと今も昔も変わらない。
ただ、気づくと2人の間に見えないけれど絶対に踏み越えることができないラインが引かれていることがあるのだ。

だから、今までと変わらないように見えて、2人の関係は確実に変わってしまった。
青子の手が、声が届かなくなってしまう時が、確かにあるのだ。

青子の知らない、快斗の世界。

そこにいる時の、白馬君や紅子ちゃんと話しているときの快斗は、青子といる時には見せない顔をのぞかせる。

面倒だなって顔をしているのに、どこか楽しそうだったり。
自信たっぷりに見えて、ぴりぴりと張りつめていてたり。
にやにや笑っているのに、なんだか泣いているようにも思えたり。

そんな風に、青子の眼に映る快斗と、2人の眼に映る快斗はきっと違う。
まるで、快斗の中に、もうひとり違う快斗がいるみたい。

いつから、と考えるとほんとうはわかっているのに、知らないふりしている答えが見えてしまいそうだから、こわくて目をふさいでいる、そんな青子は快斗の言う通り、まだまだお子様なんだろう。


うつむいて考え込んでしまった青子の頭を、よしよしと撫でてくれる、恵子の手がひどく心地よい。

「ま、青子には私がいるからさ。振られた時は青子よりは大きなこの胸を貸してあげるから、どーんと飛び込んできなよ、どんと!」
「もう、恵子!そんなんじゃないんだって」
「まぁまぁ、青子も成長してるってことだよ。悩め悩め」
「そういうものなの?」
「そういうものです」

腕を組んで、うむうむと大真面目な顔でうなずく恵子。
目があうと同時に、ふふふと笑いがこぼれ、とまらない。

昼休み、教室、大好きな友達。
柔らかなおひさまの光と、ぬるい風に運ばれてくる新緑のにおい。

ここは、平和で優しい世界。

だから青子はここで待っていよう。
青子の隣にいる時の快斗が、ただただ、何も考えずに笑えるように。



まじっく快斗20周年祭り

ここまで読んでくださったみなさんと、素敵なお祭りを開催してくださったsaoriさんに、めいっぱいの感謝をこめて。


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