さよなら



―― あおこがすきだ


耳の奥に残るのは、体に心を貫いたのは、そう囁く甘く優しい声。
部屋の中を照らす、青白い月の光に包まれて、わたしはひとり、ぼんやりぺたりと座りこんでいた。

少し前まで私を包んでいたのは、月の光なんかじゃなくて、真っ白なマントと温かな腕。


それは快斗の誕生日のこと。

パーティが終わり、片づけを手伝ってくれた快斗が待っているはずの部屋へと急ぐ。
手には暖かな紅茶を乗せたトレイ。
部屋の中は、なぜか灯ひとつついていなくて、窓辺には月の光を背負った黒い影。
でも、影が纏っているものはまっしろで。

窓辺の白い影は、その正体包み隠すモノクルも、シルクハットもかぶっていなかった。


「怪盗、キッド・・・」

思わずついて出た、憎い男の名前。
そして、どうしてここにという疑問。
そして、その素顔への驚愕。
動けず黙ったままの私に渡された言葉。
その声はよく知っている彼のもの。

「青子・・・・・・」
「・・・かいと、なの?」
「好きだ。スキだった――」

そのまま目の前に広がる真白。
覚えているのは冷たいマントとスーツの感触と、よく知っている快斗の髪の香り。
激しく掻き抱かれた、腕の鈍い痛み。

どうしていいかわからなくて、ただ、体だけががくがくと震えていて。
見ないフリをしていた、一度はふたを閉じた函。
壊したおもちゃを見つけられるのがイヤで隠していたのに、いきなり目の前いっぱいにそれらを広げられたような気分。

気がつけば、くちびるに重なる生暖かい感触。
やっぱり何が起こっているのかわからず、抵抗することも出来なかったのを肯定と捕らえたのか、ぬめぬめとした柔らかなものが唇をわって。
更にこめられた腕の力。

わからなかった。

どうして今?
どうしてそんなこと言うの?
どうしてそんなことをするの?

頭の中がぐちゃぐちゃでいっぱいになって、このまま快斗の顔を見ていたら壊れてしまいそうだったから。
思わず瞳を閉じた私をゆるく開放して、快斗は肩をだき、頬に髪に、繰り返し、唇を落とす。
再度唇を吸い上げられ、優しく食まれ、私はもうなにがなんだかわからなくなっていた。

これは、夢?
でもそれは夢なんかじゃなくて。

意識がはっきりした時には、私を包んでいた暖かな温もりはすいとなくなり、わたしはずるずるとその場にへたり込んでいだ。
体中に力がはいらない。
窓からは涼を運ぶ雨上がりの、この季節にしては少し冷たい風が吹き込んできていた。


あの時の告白がどうして過去形だったのかというところに思い至ったのはずっと後になって、そう、快斗の姿を見ることが叶わなくなってからだった。



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