上を向いて



その公園は、父さんが眠る場所を見下ろせる場所にあった。

そこを見つけたのは、本当に偶然。
小さなジャングルジムとブランコ、すべり台と砂場の他は、いくつかベンチがあるだけの小さな公園。
手入れをする人もいないのか、遊具の塗装は剥げ落ち、木製のベンチはところどころ腐ったりしていたけれど、青子とふたり、なんとなくそのベンチに腰掛けてみたら。
遠く、父さんの眠る場所が見えたから。

その日からそこは、俺のとっておきの場所になった。

友達と約束していない日は、ここに来てマジックの練習をした。
父さんが、見ていてくれるような気がしたから。
大体はひとりきりだったけれど、時折青子がくっついてきて、俺が練習しているところを飽きる事無く眺めていたりした。





夕焼けの柿色が、町並みの屋根に、公園の木々に、そして遠く見下ろした墓石に流れ色を落としてゆく。
その日、俺は一人きり何をするわけでもなく公園のベンチに座っていた。
長くのびた影が、迫りくる夕闇に飲み込まれはじめ、そろそろ帰らなくては、と頭ではわかっていたけれど、なぜだろう。
今日は体がそこから動いてくれなかった。



父さんに会えなくなって、もう3ヶ月――

はじめの一週間は、何がなんだかわからないうちに過ぎていった。
仕事で家を空けがちだった父さん。だから――ただいま、快斗。この前教えたマジックはできるようになったかい?そうか、じゃあ新しいマジックを教えてあげよう。今回はチョット難しいぞ――なんて言ってひょっこり帰ってきてくれるんじゃないかと信じていた。
だって、父さんは世界一のマジシャンで、失敗なんてするわけがなくて、だから。
だから父さんに二度と会えないなんていう実感はあんまりなかった。

でも、半月が過ぎ、ひと月がたち、何時まで待っても戻らない父さんに、開かれることのない玄関のドアに。
ああ、あれは夢じゃなかったんだと気付かされて、どんどんと過ぎ去る時間とともに、人の死というものが、自分の中でずんずんと大きく膨れ上がってゆくのが、怖い。怖くて仕方ない。


死ぬ、ってなんなんだろう。

どういうことなんだろう。

どこへいっちゃうんだろう。

二度と会えなくなるってどんなだろう。

明日が来ないって――?


それまで考えたことなんてなかった、なんだかよくわからないものに押しつぶされそうで、背後から迫りくる闇に飲み込まれてしまいそうでほんとうに怖くて。
ベンチの上で膝を抱えこんだそのとき。



背後から不意にのびてきたのは、闇ではなく、やわらかくて白くて細い腕。
俺の前で組まれたぷっくりとした指。
背中に感じた重みと、ぎゅうと抱きしめられ、包み込まれているんだという安心感に、いままでずっとガマンしていた涙がこぼれそうになった。

こわくないよ、ひとりじゃないよ。

実際のところ、青子はなにも言わず抱きついていただけだけれど、俺の耳にはそんな青子の声が聞こえるような気がした。

そうだ、青子も――。

青子はいったい、どれだけこんなひとりきりの時を過ごしてきんだろう。
そして、こんな気持ちを抱いているのは、自分だけじゃなかったんだと漸く気付いたから。


決めたのはそのとき。

今度は俺が、もうひとりじゃないと、青子に。
ずっと青子の側にいてやろうと。

2006/04/24


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