飲む



「最近、夢見が悪くてあんまり眠れねーんだよな・・・」

ここ数日、昼休みになると屋上で昼寝してる俺に、灰原が怪しげな錠剤を手渡した。

「なんだよ、これ?」
「ふふふ、騙されたと思って飲んでみたら?案外いい夢見れるかもよ」



半信半疑だったけれど、睡眠薬の類だろうと寝る前に1錠飲んでみることにした。
台所でコップに水をくんでいると、なにしているの?と蘭が顔を出した。

「コナン君風邪?」
「え、あ、そういうわけじゃないけど、ひどくなる前にと思って・・・」
「そう?でも、暖かくしなくっちゃね」

そう言うと蘭は大きな毛布を出してきてくれた。
ふかふかの毛布は、蘭の家のにおいが染み付いていて、やさしくてやわらかい感触に包まれていると、ずんずんとまぶたが重くなってきた。案外薬がきいてきてるのかもしれねーな、なんて思っているうちに、眠りに落ちてしまっているようだった。



今回の夢は、なんだかよくわからないものだった。
コナンになってからの出来事、新一の時の出来事、なんだかよくわからない映像。
いろんなものがぐちゃまぜになり、現れては消え、光に吸い込まれてゆく・・・。



夢見はやっぱりよいものとは言えない状態で、とても頭が重かったけれど、体の方はやたらにスッキリしている。

・・・まあ、悪くはないよな。

起き上がろうとゆるゆると布団から体を出そうとして、猛烈な違和感に襲われる。
寝起きでぼんやりしているというだけでなく、なんだかいつもと部屋の感じが違って――。

というより、目線が違う?

それになんだかやたらにスースーと涼しい。
もぞもぞと毛布から抜け出そうと捲り上げた布団の下から現れた肌色。
一瞬自分の体に何が起こったのか認識できなかった。

・・・俺、裸?
いや、それよりも俺!元に戻ってねーか!?
思わず手のひらを眺める。もう、子供の手じゃない。

「デケエ・・・・・・」


灰原のあの薬。
「いい夢見れるかもよ」なんて言っていたけれど。

「なんだよ、元に戻る薬できてたんじゃねーか」

上機嫌で起き上がろうとして、傍らに手をついたところで何やらふにゃりとした柔らかなものに触れた。

ふにゃり?

少しの期待と、いやな予感とを半々くらいに混じりあわせながら、恐る恐る隣を見ると・・・・・・俺の横ですこすこと健やかな寝息をたてているのは、誰であろう鏡の前では見慣れた、そして現実では初めて目の当たりにする、生意気なガキンチョの姿。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!?どうなってんだコレ!?」

これは夢の続きであってくれと言う気持ちを込めて、もう一度「ソレ」を直視し、触れたみたが、暖かいし、やわらかいし、どう考えても夢ではなさそうだった。
さらに叫びたい気持ちをぐっとこらえ、俺はとりあえず「コナン」を起こしてみることにした。


「おい、おいっ、起きろっ!」
「うーん・・・」
「起きろって!」
「んなんだよ・・・うわっ、なんだおメエ!ってゆうか俺!?どーなってんだ一体!?」
「こっちが聞きてえよっ!」


原因はやっぱり灰原の薬しか考えられない。
アイツ、一体全体どんな薬を飲ませたんだ!?
さすがの名探偵二人でも、見つめあっているだけでは答えなんて出るはずもなくて。

「・・・・・・灰原んとこ、行くか?」
「そうだな。そうするしかねーだろ。とりあえず、おっちゃんの服を・・・」

ごそごそと布団から抜け出し、服を着ようとしているところへ、このタイミングでは一番聞きたくない声が近づいてきた。

「コナンくーん、体調はどう?そろそろ起きないと遅れちゃうよ〜。今日は朝から博士のとこ行くんでしょ?」

パタパタとこちらへやってくる足音もする。

「ヤベエ、蘭だ!」
「とりあえず隠れろ、新一!」
「自分に新一って呼ばれるのもなんだかなぁ・・・」
「ルセー。俺だって自分を新一って呼ぶのも・・・」

そんなくだらない言い合いをしながら、コナンはすっ裸のままの俺をぎゅうぎゅうとおっちゃんのベッドの布団へと押し込まれた。
幸いなことに、おっちゃんはゆうべから麻雀でいなかった。

隠れる必要はないのでは?という気もしたが、久々の対面がすっ裸な上に、イロイロな事情の説明を求められた場合、まして誤魔化すなんていくら蘭が鈍感でも不可能に近いから。
やっぱりここはひとまずやり過ごすのが得策なんだろう。
俺が布団にもぐりこむとの同時に、部屋に蘭が入ってきた。

「コナンくん?」
「ら、蘭ねーちゃん、おはよう」
「もう、起きてるんなら返事してよね。ちょっと心配しちゃったよ?熱で動けなくなってるんじゃないかって。あ、お父さん!知らないうちに帰ってきてるんだから〜」

そう言うと、蘭はおっちゃんを起こすつもりなのかベッドに近づこうとした。
慌てて、ベッドの方へとまわりこもうとする蘭のスカートにすがりつき、精一杯子供っぽく、やんわりと静止する。

「ゆうべは、すっごく遅くに帰ってきたから、まだ寝かせてあげたほうがいいんじゃないかな?」
「そおぉ?」
「それより僕、おなか空いちゃったな〜」
「じゃあ、朝ご飯暖めなおしておくから、着替えたら来てね」

にっこり笑ってそう言うと、蘭は来た時と同じようにパタパタと部屋を出ていった。

「ふー・・・・・・とりあえずだけど時間は稼げたみたいだな」
「なぁ、俺、今まで、そんな恥かしいことやってきてたんだな・・・」
「うっせ、お前に言われたかねーよ。」
「そりゃそうだよな・・・。ま、そんなことより、急いで灰原のとこに行こうぜ」
「ソレより前に、服だろ、服!!」

コナンがおっちゃんの服を投げて寄こしてくれたので、俺は着替えをしながら目の前で同じように着替えをしているコナンを不思議な気持ちで眺めていた。






「灰原っ!」

ふたりで博士の家に駆け込んだ時、灰原と博士は優雅に食後のお茶なんか飲んでいた。


「あら、江戸川君に・・・はじめまして、かしら?工藤君」
「確か来るのは昼前のはず・・・おおっ?なんじゃなんじゃ、なんで新一がふたりも。いや、新一は一人で・・・」


やけに落ち着いてる灰原と、驚いてなに言ってんだかわかんなくなってる博士。
対照的な二人を見ていると、なんかそれだけでどっと力が萎えていくのを感じたが、
灰原に状況の説明を要求する前に、とにかく文句のひとつでも言わなければ気がすまなかった。

「おい、ヤケに落ち着いてんな、灰原」
「おまえ、昨日よこした薬の実験を俺でしたんじゃねーだろうな」
「あら、人聞きの悪い。あれは普通の睡眠薬にちょっと気分が高揚する成分を混ぜただけよ。その人の願望をイメージ化する作用を持つように配合してみたつもりだから、いい夢が見られるかもと思って渡してあげたのに」
「つもり、って。それを実験と言うんじゃ・・・。」
「じゃあ、なんでこういう状態になってんだよっ!」

人の親切心をそんな風に言うなんて心外ね、と灰原は俺達のほうをジロリと睨んできた。

「そんなの、私が知るわけないじゃない」
「ぐっ・・・」

あっさり返されて言葉に詰まる。
よく考えてみればコイツの薬の効果が怪しげなのは、アポトキシンで身をもってわかってたはず。
あれだって、子供になる薬なんかではなかったのだから。
うかつに飲んだ自分にも非がないとは言えなかったが、たいしたことではないと言わんばかりに、しれっと説明する所が小憎らしい。

「それより、どうしてふたりになっておるんじゃ?」
「それがわかってれば、慌ててここに来てねーぜ」
「朝、目が覚めたらこうなってたんだよ」

そのまま仏頂面で黙り込む俺たちを見て、黙って何かを考え込んでいた灰原がふっと笑った。

「あなた達よほど元に戻りたいのか、さもなければ想像力豊かすぎるんじゃないかしら」
「はぁ?」
「どういうことだよ」

いろいろ思うところがあるのか、灰原はくすくす笑いながら続けた。

「その人の願望をイメージ化する作用、って言ったでしょ。願望が強すぎて、夢に見るだけじゃなく現実化したんじゃないかしら?」
「願望を、現実化」
「なら、いまの新一はなんでもできるかもしれんのう。まだふたりに分かれたままと言う事は薬の効果が続いとるわけなんじゃろ?」

博士が思いもかけないことを言い出した。
灰原は、相変わらずくすくす笑っている。

「あら、面白そうじゃない。試してみたら?」
「オメーら無責任なことを・・・。」
「・・・いや、ものは試しだ。やってみねーか?とりあえず、ひとりに戻らないとややこしくて仕方ないし、うまくいけば、コナンじゃなくて新一の方にまとまれるかもしれねーぜ」

確かに、アポトキシンの例から考えても、薬の効き目が切れるのを待つというのは得策ではなさそうだった。
なんといっても”灰原の薬”は、博士の発明なんかとは比較にならないくらい怪しさダントツナンバー1なのだから。





「じゃあ、とりあえずはじめてみっか?」

そのまま瞳を閉じて念じる。

戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ・・・
もどれもどれもどれもどれもどれもどれもどれもどれもどれ・・・
モドレモドレモドレモドレモドレモドレモドレモドレモドレ、モドレー!!


「・・・何も、起きねーな」
「願望をイメージ化、なんだからなんか出してみることにしたらどうかしら?」
「おお、ちょうどりんごが食べたいと思っておったんじゃ。」
「りんご、ね・・・。」

やっぱり無責任な発言をする真剣みが感じられないふたりに脱力感を覚えつつ、再度集中して念じる。


林檎林檎林檎林檎林檎林檎林檎林檎林檎林檎林檎林檎林
りんごりんごりんごりんごりんごりんごりんごりんごりんごりんごりんご
リンゴリンゴリンゴリンゴリンゴリンゴリンゴリンゴリンゴリンゴ、リーンゴーっ!

ゆらり。

一瞬空気がゆれたかと思うと、ゆがんだ空気の流れが丸い形をつくり、
それは徐々に色づいて、あっという間にぴかぴかの真っ赤なりんごになった。

「おお!」
「で、出た・・・」
「幻ではなさそうね」

灰原が、目の前のりんごを手にとって確認している。
そして、りんごを手にしたままこっちを向いて俺たちに尋ねた。

「これ、消せる?」
「消す?」
「そう、出したもの消せるのかしらと思って」
「結局、実験台なんだよな。俺たちって・・・」

こうなったら諦めて従う方が得策なのかもしれないと。
灰原なりに、このややこしい状況に対する策を考えてようとしてくれているのかもしれないから。
自分にそう言い聞かせ、俺は灰原の手の中のりんごに意識を集中する。
灰原まで一緒に消えちまうって事はねーだろうけど・・・。


消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ
きえろきえろきえろきえろきえろきえろきえろきえろ
キエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロ、キーエーロー!!



りんごは、灰原の手の収まったままだった。

「どうやら、出す事はできても、消したりくっつけたりと言うのは無理のようじゃな」
「案外使えないわね」
「お前・・・使えない、の一言でばっさり切り捨てやがって。これからどーするつもりなんだよ!」
「ああでも、灰原の薬、だからな」
「・・・失礼ね」
「とにかく、しばらくはこのままでやるしかないじゃろうなぁ」
「とりあえず座ってお茶でも飲んだら?」

そういうと、灰原は俺たちに食後のコーヒーのおかわりを出すように要求した。



2005/02/21

書き逃げ万歳!


<<