「今日の国語は、図書館で本を読んで感想文を書きましょう。読めなかった子は、借りて帰っておうちで読んで、感想文は月曜日までの宿題ね」
「はーい!」

元気よく手を上げて返事する一年生の中、元気よく、とはいかないまでもつられて返事してしまった俺。
隣の席の灰原は、当然返事などしているわけもなく、生暖かい視線を俺に向けている。
最近、小学生の暮らしにビミョーに馴染みはじめた自分がやばいな、と思うときがある。
灰原の薬でしばらく元に戻ったときも、身に着いた習慣が抜けきらず、ひやひやしたことが何度もあったし、気をつけねーとな・・・。

退屈で仕方のない、小学校1年生の授業において自習や課外授業といった教室外の時間は大歓迎なのだが、いかんせんここの図書館に俺の欲求を満たしてくれる本はない。
めぼしいものは、1回目の小学校生活で読みつくしてしまっているからだ。
でも、あれから十年。
ひょっとしたらその間に増えた本で、なにか時間を潰せるものがあるかもしれないと新刊の棚に目をやると、一冊の絵本が目についた。


     「月うさぎ」


なんとなく手に取り、読むとはなしにパラパラとページをめくる。



   むかし、うさぎのめはくろかった


   神の遣い、月うさぎ


   毎夜月から里へ降り、長い耳で里人のねがいを聞き届け、神様へ伝えるのが彼のしごと


   ねがいはどれも・・・


   心やさしいうさぎは、願いをきいては、いつももらい泣き   


   泣きはらしたひとみは、いつも赤くて―



うさぎとダブって浮かぶのは、幼なじみの泣き顔。


   「戻りたい、きみのそば。帰りたい、きみのもと」


もし俺の願いをきいたなら、アイツもきっと泣くのだろう。
絵本のうさぎより、もっと紅い瞳で。



人の手で、10年 巻き戻された俺の時間。
神様なら、すぐにでもとりかえせる?



「あら、めずらしいわね。江戸川君が絵本だなんて。いよいよ、元に戻るのをあきらめて、年相応に生きていく気にでもなったのかしら?」

俺のらしくない思考は、神ならず時間を巻き戻した灰原の悪態と授業終了をつげるチャイムに中断された。



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