的中



「じゃあ皆さん、月曜日、元気な顔で会いましょうね!」
「はーい!」

子供らしい、元気のいい返事が教室に響き、と同時に教室のスピーカーから授業の終わりと、長い休みの始まりを告げるチャイムの音が流れ出す。
明日からは楽しいお休み、黄金週間。
いつもならば、教室に残るのは日直の子くらいで、たいていの子はさっさと教室を後にするのに、休み中の予定を相談しているのか、今日は教室に残っている子も多かった。

教室にはガラス越しでなお、暖かな春の日差しが差し込んでいた。
ざっと黒板を消した後、黒板消しを手に窓辺へと向かう。
窓を大きく開ければ、新緑のなんともいえない濃い香りと、運動場から風に乗って運ばれてくる砂の匂い。
ぱたぱたと黒板消しをあわせてはたき、鼻をつく匂いにくしゃみをひとつ。
チョークの粉は砂といっしょに青空に吸い込まれ、溶けていった。

ぱた、ぱた、ぱた、ぱた。
はたいてもはたいても、ほわほわとキリなく出てくる白い粉。
窓からの日差しがひどく気持ちよくて、だらだらと手を動かし続けていたけれど、いいかげんやめようかと思ったところで声をかけられた。

「哀ちゃん」
「あら、まだ帰ってなかったの?」
「哀ちゃんを待ってたんだよー!」

私の問いかけに、ぷい、と唇を尖らせて答えた後、目があったところでお互い噴出してしまった。

結構な時間、だらだらと日向ぼっこを楽しんでいたようで、残っていた子達も大体帰ってしまっていて、静かになった教室には私と彼女しか残っていなかった。
黒板消しを戻して、日誌を書くために自分の席へと戻る。もう一人の日直はゴミを捨てに行ったはずだけれど、いまだ教室に戻ってきていなかった。
ひょっとしたら校庭でクラスの子達につかまって、サッカーでもしているのかもしれない。

吉田さんは、日誌を書く私の前の席にちょこんと座り、遠慮がちに話しかけてきた。

「あのね、実はお願いがあるんだ。あさっての金曜日なんだけど・・・」
「あさって・・・ひょっとして、江戸川君の?」
「うんっ、そう。哀ちゃんスルドイ!」
「そりゃ、見てればね・・・」

今さっき決めたばかりなのになぁ、とつぶやいた吉田さんは、すごいなぁと大きくくるりと目を見張り、心底驚いた表情をしているけれど、あさっての金曜日といえば4日。
それに、ここ最近の彼女は授業も上の空、ちらちらと彼のほうを見てため息をついたり、図書館ではお菓子の本を眺めていたり。
さっきも授業が終わると同時に、円谷くんと小島君とこそこそ話をしていた事を考え合わせれば、おおよそ見当もつくというものだ。
そんなだから、今さっき決めた、とは言うけれど、きっと彼女の中ではずいぶん前からあれこれ予定を立てていたにちがいない。

「今年もね、ぱーっとコナン君のお誕生日パーティやろうって事になったの。お休みだから、いっぱい準備できると思うんだ!」
「でもそれは、お誘いよね」

彼女達3人の中では、誘いを断られると言うのは、想定に入っていないようだ。
たぶん、そのパーティの会場は、阿笠博士の家だろうし、いきなりお願いというのは、もう出席を前提にしている証拠だから。

「具体的には私になにをして欲しいのかしら」
「またまたするどーい!女コナン君みたい」
「女江戸川君、ていうのは勘弁してもらいたいわね・・・」
「えー!すっごい誉め言葉なのにー」

私の至極もっともな主張に、大きく抗議の声があがった瞬間、教室の扉ががらりと開かれ、ゴミ箱を抱えた事の明後日の主役が顔をのぞかせた。







指定されたのは午後二時。
いつもなら開けっ放しの博士の家の扉にはかたく鍵がかけられていた。
仕方なくインターホンを押し、待つこと30秒。
「リビングへ直行!」という指示の声と同時に、かしゃんとオートロックの外れる音。

玄関の扉を開けると、そこには、靴が3組キレイに並べられていた。
隅の方には、博士のと思しき男物の大きな靴と、灰原のと思しきスニーカーもある。
どうやら自分以外は、すでに集まっているようだった。
勝手知ったる博士の家の廊下、迷うことなくまっすぐに歩いて、右手にあるリビングの扉に手をかける。
室内がやたらに静かなのに、ちらりと不安を覚えたけれど、どうせサプライズでも用意しているんだろうと、ゆっくり扉を押し開けた瞬間。


「「「ハッピー!ハッピー!!バースデー!!!」」」

予想、通り。
室内にぱんぱんと大きく響くクラッカーの音と掛け声。

でも、予想外。
それと同時に目の前が真っ白になった。
何かの比喩とかそんなのではなく、ホワイトアウト並みに、ほんとうに真っ白に。
明らかに雪とは違うそれは、冷たくはなくべたべたしていて、ずるりかたまりになって頬を滑り落ちてゆく。
鼻いっぱいに広がるのは、レモンとバニラの甘い香り。
とりあずクリームまみれのメガネを外して視界を確保すると、目の前にはにこにこと満面の笑みを浮かべた男子2名。
少し離れたところで微妙な表情を浮かべている女子2名。
苦笑を浮かべている、保護者1名の姿。
部屋の天井は、どこのお楽しみ会ですかー?と聞きたくなるくらい大量の色紙の鎖と、どこから持ってきたのか、運動会かよ!とツッコミを入れたくなるくらい大量の国旗で埋め尽くされていて、正面には黒々と、よく言えばのびやかな墨字で『HappyBirthdayコナン!』と大きく書かれた模造紙が張られていた。
これはぜってー元太が書いたに違いない。

「おい・・・」
「あれれ〜?どうしたんですか、コナン君。あまり嬉しそうじゃありませんね」
「そーだよ、せっかくみんなで準備してやったってのによ!」
「コノ状態をどう喜べってんだよ・・・」
「おっかしーなぁ。ダイスキなもんにまみれてナニが不服なんだよ。俺なんかウナギまみになったら嬉しくって食いまくるけどな!」
「そうそう、クリームもしたたるいい男ですよ?」
「テメーらっ!」
「きたぜ光彦!そっちの貸せよ」
「はい!」

わっという歓声と、どたどたにぎやかに響く足音。
誰かが――おそらくまたコナンが――ぶつけられたのであろう、べちゃりとクリームが派手な音をたてる。

「あらあら、ハデにやってるわね」
「哀ちゃん!私達も投げよう!」
「いいの?」
「うん!いつもはお姑さんみたいにちょっとしたことでも気づくのに、ちっとも気づいてくれてないんだもん――」

ただの生クリームとレモンクリーム、そして私の気持ち。
彼女は声には出さなかったけれど。
部屋に入ってきた瞬間、ちょうど顔に当たるよう狙い定めて投げつけられたそのパイは、彼のためだけに作られたものなのだから――







「どうしよう、哀ちゃん。お店のパイみたいに、ふわーっとふくらまないよ・・・」

結局、お願いはお誕生日ケーキを作るのを手伝って欲しいということだった。
どうやら、江戸川君は、レモンパイが好きだという情報を聞き込んできたようで、冷凍のパイシートを使うかタルトの生地なら簡単だけれど、初心者がふわりと膨らむ折りパイを作るのはかなり難しい。
でも、お店で買うのではなく、今年は『自分で』作りたいと言う彼女の意を汲んで、自分は料理を作る方にまわり、ポイントで声をかけたりと少しお手伝いをするにとどめていた。
その結果、焼きあがったパイは、キレイなキツネ色をしていたけれど、ふんわり膨らむはずの層は、べたりとくっついたままで、表面がぬらぬらバターで照り光っている。
一応、火は通っているものの、これを誕生日のケーキとしてメインにすえるには、少々、いや、かなり難のある見栄えになってしまっていた。
何でも器用にこなしてしまう年上の彼女と比べるようなことはしないはずと思っても、これをコナンに見せたくはないだろう。
でも、せっかく作ったからにはという想いもあって、ほんとうにどうすればいいのか困り果てているようだった。
スポンジケーキと違って、クリームでなんとなくごまかすわけにもいかない。
もう一度作り直せるかしらと時計を見れば、針はすでに1時をまわっている。
約束の時間は、2時。

「せっかく、コナン君に食べて欲しくて頑張ったのに、今から作り直している時間なんてないよね・・・」
「でも、こっちのクリームはめっちゃうまそうだぜ?」

タイミングを狙っていたのだろう。
いつの間にかキッチンにいた元太が、そういうが早いか、ふとやかな指をボウルにつっこみ、ぺろりひとくち。
満足そうに笑うと、もう一口とばかりボウルに指先を伸ばす。
ぺしりとその手をはたき、ジロリと睨むと、にやり照れ隠しに笑った。

「そういえばテレビで見たことがあるんですけど」

そう、はじめに言い出したのは光彦だった。

「アメリカのホームパーティでですね、クリームたっぷりのパイを、投げあいするんですよ。こういうかんじで。これだと、パイ生地なんて関係ないですし、顔中クリームまみれになるんですから、いやでもコナン君の口に入るんじゃないでしょうか」
「それ、めっちゃおもしろそうじゃんか!やろうぜ!」
「ちょっと、せっかく彼女が作ったものをそんな風に投げつけるの?」
「あ・・・」
「そう、ですよね。すみません、気がつかなくて・・・」

いかにも男の子の好きそうな思いつきに、やんやと盛り上がった2人だったけれど、指摘されて気づいたのかしゅんとうなだれる。
そう、これはただのパイじゃなくて、『想い』のこもったものだから。


「・・・やろう」

え?と、思いがけない言葉に、視線が彼女に集まる。
でも、残念そうに表情が曇っているのは仕方ないことだろう。

「いいの?」
「うん!だって、せっかく作ったんだもん。このまま捨てちゃうくらいなら・・・いっしょだよ」
「そう、ですか?」
「よーっし、そうと決まれば、パイをいっぱい準備しようぜ!」
「パイ生地はひとつしかないですよ?」
「こういうのは、本物じゃなくてもいいのよ。二人はコンビニで紙皿と生クリームをたくさん買ってきてちょうだい」
「紙皿?」
「なるほど、ぶつけるだけなら、パイ皿の上にクリームをのせるだけでいいですよね!」
「さすが哀ちゃん!」
「女江戸川君、というのはナシよ?」
「そうですよ!灰原さんに失礼です!」

どっと笑いが起こり、キッチンに活気が戻った。

主役到着まで、あと30分。










そして、いまこの現状に至るわけなのだけれど――

「で、この後始末はダレがするんじゃろうか・・・」
「私達よね、当然」
「やっぱり・・・」
「明日もお休みで、よかったわね。博士」
「トホホ・・・」



的中というか、江戸川に命中!(笑)
わかんない、と思うのですが、中学生くらいの設定でお願いします。
江戸川は元に戻れてなくて、なんとなく蘭ちゃんと思いは通じているのに年の差を気にして付き合っているわけではなく。
そんなコナンに歩美ちゃんは相変わらず片思いで、灰原さんは相変わらずだけど、意外に普通の女の子を満喫してたらいいなぁ。とそんな話です。
最後になりましたが江戸川!ハッピーバースデー!
20070509


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