秘密



「あ・・・銀ちゃん」
「おまえ!倒れたって・・・大丈夫なのか?」


おそるおそる近づき、ベッドの上の青白い顔を覗き込む。
確かに顔色は最悪だけれど、目には生気が宿っていて、案外元気そうな姿にほっとする。
子供の頃から、あまり体が強い方ではなかったとはいえ、こんな風に倒れるなんて事はなかったから、あわてて駆けつけてきてしまった自分が、少し照れくさかった。

ゆっくり起き上がった姿を見下ろせば、子供の頃とは違う、線の細い、華奢な体に、不謹慎だと思いつつどきりとした。

いつまでも子供で、妹で。
そんな存在のままだと思っていたのに。


警察官になって、キッドを追いかけはじめて忙しくなり、あまりゆっくり顔をあわせていなかったから、久しぶりに会ったときは、驚いた。
なんだかまぶしくて、でも変わらず銀ちゃんと駆け寄ってきてくれるのが、気はずかしくてうれしかった。

ずっとずっと。
そうやって、気づいたときには、いつも心の片隅にいた。
女に興味がなかったわけじゃない。
彼女の一人も作らずに成人式を迎えた時には、周りから心配されたものだけれど、それは彼女以上に大切だと思える子に出会わなかったから。

大切にして、守っていきたい。
自分以外の誰かに、もらわれて行くその日まで――そう思っていたのに。



「えへへー、実は大丈夫じゃ、ないみたい」
「でも、元気そうじゃないか」

ふるふると首を振るその姿は、なんだか弱弱しくて、はかなくて。
そのまま、窓から差し込む光の中に解けて消えてしまいそうだった。

抱きしめたい。

抱きしめて、この場に繋ぎとめておきたい。

そんな、こみ上げる思い。
生まれてはじめての気持ち。
こんな場所で、不謹慎だなんていう警察官としての理性が働かなければ、絶対に行動に移していただろう。
感情をコントロールするなんてことは、もっとも苦手なことなのに。



「・・・ねぇ」
「ん?」
「自分の命の期限を知ったとき、銀ちゃんなら、何する?」
「なにって・・・」
「あれこれ、思い残すこといっぱいなんだよね。私はやっぱり、お嫁さんになりたかったなー。まっしろなドレス着て、教会でね、式を挙げるの。あとね、子供も産みたかったな。女の子。朝、髪とか結ってあげて、私に似て、くせっ毛だったりしたら、うまくできなくて、お母さんー!って怒られたりして。あ、でも男の子でもいいな。らぶらぶで、お父さんにやきもち焼かせちゃうんだー」
「おまえ、なんで全部過去形なんだよ。すぐ死ぬような事いうもんじゃないぞ。まだ・・・決まったわけじゃないんだろ」
「そう、だよね。あくまで生存確率なんだから、いくらひくくても、残りの何パーセントかに当たれば、生きていられるんだもんね」
「・・・・・・」

なにを言ってもウソになってしまいそうで、それ以上、言葉をかけれなかった。


「あーあ、どうして私なんだろう」

陽だまりの猫のように、うーんとのびをひとつ。
その表情には何も浮かんでいなかったけれど、泣いているように見えた。
ゆらゆら木漏れ日が、頬に影を作るたび、ぽろぽろこぼれる涙に見えた。

窓の外には、ぎらぎらとまぶしい夏の日差し。
そこには命の輝きが満ち溢れているというのに、この四角くてしろい壁で区切られた世界は、なんて残酷なのだろう。




「ほんとはね、銀ちゃんのお嫁さんになりたかったの」
「―――― っ」

ほんとうは言いたくて、いつも言えなかった、ひとこと。




「こんな時に、気休めとか、心にもない事なんか言わずに、そっと側にいてくれる銀ちゃんが、大好きでした――」
「だから、過去形で、言うなよ。そんなこと」
「だって、おいてけぼりになっちゃうんだもん」
「バカ、置いていくのはお前の方だろうが」

言った後、しまったと思ったけれど、口から出た言葉はかえってきてはくれない。

「置いてなんか、行きたくないよ」

こらえていたのであろう涙が零れ落ちた瞬間、俺は彼女を強く抱きしめた。


どうやら中森夫妻のむかし話が書きたかったようです。
これ、ほんっと見つからなくて泣きそうになりました。
もっと書いてたつもりでしたが、探した2時間が悔しいので、このままアップします。くそぅ。


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