「ちょっとどうしたの?みんなエプロンなんてつけちゃって」

ぽかぽかと暖かな日差しが心地よい5月の第二日曜日。
ハルカの前には、エプロン姿の老若男子が3名、ずらりと並んでいた。

「今日は母の日、というものらしいですね。みんなでお母さんに感謝する日だとケンタに教えてもらいました」
「うん、そうだけど・・・」

それがなんでエプロン?
まさか「お母さんになりたい」とかそんなんじゃないわよね・・・。
文化の違いがあることはわかっているつもりだけれど、火鳥さんの行動や発想はすぐには理解できなくて、大体の行動にはまず疑問符がつく。
結局、ハルカの予想を大きく上回ることばかりしてくれるのだけれども。


「ここのお母さんはやっぱりハルカだと思うんです。だから、今日はみんなでハルカの代わりに家事をやって、ハルカにはゆっくりしてもらうことにしたんです!」

すばらしいアイデアでしょう!といわんばかりにニコニコしているのは火鳥さんだけで。
残りのふたりは非常にめんどくさそうなかんじだった。


「俺は炊事係、ケンタは洗濯係、博士は掃除係なんです。がんばっていきましょう!」


お母さん、ね・・・

ちょっと複雑だけど、そうやって気遣ってくれる気持ちがうれしかった。
なんといっても、ハルカはまだ小学生なのだから。





なんか、落ち着かないなー。

テレビを見ながら、火鳥さんが入れてくれた紅茶を飲む。
お茶うけには、いつの間に買ってきたのやら、ハルカの好きなビスケットなんかも出してくれて。
火鳥自信はそのまま腕まくりをしてキッチンへと消えていった。

テレビから聞こえてくるのは、普段なら絶対見ることのない、というかできない女の子向けのアニメのテーマソング。
日曜日は朝からバタバタとしているのが常で、学校で友人たちが話題にしていても、ハルカは参加できず、ちょっと気になっていたのだ。

でも・・・時折むこうの部屋から聞こえてくる「うわっ」とか、ガシャーンと言う音が気になって、集中して見れているというわけではなかった。


ひょっとしたら、後で全部やり直しかもねー。



ケンタの洗濯やおじいちゃん掃除も微妙なところだけど、なんといっても不安が付きまとうのは火鳥さんの手料理。
火鳥さんたちって本当はなにたべてるんだろ。
台所からもれてくる摩訶不思議な このにおいって、宇宙料理というものなのかしら?

それって、食べれるものなのかなぁ・・・。

一体どんなものが出てくるのか気になって、ハルカはリビングを離れキッチンへと向かった。





入り口からこっそりと中をのぞくと、火鳥さんがナベを前にして、なにやらぶつぶつグツグツと格闘しているのが見えた。

なにか煮込んでるけど・・・。

ちょっとのぞくだけのつもりが、やっぱり気になって、ハルカはキッチンへと足を踏みいれた。


「ハルカ、どうしたんです。お茶のおかわりかですか?」
「あ、その、なに作ってくれてるのかなぁと思って。ひょっとして火鳥さんのふるさとの料理?」
「ああ、これはシチューですよ」
「シチュー!?宇宙料理じゃなかったんだ・・・」
「宇宙料理?」
「あっ、ううん、なんでもない、こっちのこと!それより、火鳥さん。シチューにしてはこのにおい強すぎるんじゃない?」
「そうですか?栄養バランスはバッチリなんですよ」
「ちょ、ちょっと味見してみてよい?」
「どうぞどうぞ」


自信満々でにっこりと笑う火鳥。
ハルカは、差し出されたスプーンで、なべの中身をひとくちすすってみた。


こっ、これは・・・


「かっ、火鳥さん」
「どうですかー?」
「えーっと、いったい調味料になに入れたのかしら」
「なにって、普通のものばかりですよ。料理の基本、さしすせそ、です」


「さ」と「し」はいいとしても、残りの「すせそ」はシチューとしてはどうなのかしら。
おそらく料理番組かなにかで見たのだとは思うけれど・・・。


「ねぇ、火鳥さん。料理は栄養のバランスだけじゃおいしく出来ないものなのよ」
「そうなんですか!?そういえば、以前作った時も不評でしたね・・・」


この料理の被害者がいたんだ・・・。
火鳥さんには悪いけど、このままコレを食べるのは避けたいわ。


「そ、そうだ火鳥さん!もう一回いっしょにつくりましょうよ」
「でも、それではハルカが・・・」
「いいのよ。火鳥さんといっしょにやりたいの!ね、好きでやるんだし」
「わかりました、それじゃあいっしょにがんばりましょう」


お料理は家事の中でも好きなほうだけど、誰かと、それも火鳥さんとああでもないこうでもないとやりながら作るのは、さっき途中まで見ていたアニメなんかよりもずっと楽しくて。
結婚したら毎日こんなかんじなのかな、なんて考えて、ちょっと赤くなった私を火鳥さんは不思議そうにながめていた。






二人で一緒に作ったシチューは、ケンタにもおじいちゃんにも好評だった。
掃除も洗濯も、微妙なかんじながらもきちんとこなしてくれていたので、いつもだったら、3時のお茶請けはどこかの店で買ってきてしまうのだけど、今日はそのまま火鳥さんと一緒にシフォンケーキを焼くことにした。

オーブンの中で、ふわふわと膨らんでいくケーキを飽きることなくながめている火鳥さんは、ほんとうに子供みたい。

ほんのささいなことでも、火鳥さんの目に映るすべては感動に溢れていて、私達がいつのまにか忘れてしまっていたり、気づかなくなってしまっているようなちっちゃな何かをぴかぴかの包装紙にくるんで、ほんとうに思いもかけないときに、キレイに目の前に並べてくれるのだ。





焼きあがったシフォンケーキと紅茶を持って、火鳥さんといっしょにリビングへ行くと、机の上に、ピンクのスプレーカーネーションの鉢植えがおかれていた。

「これ・・・」
「ふたりがケーキ焼いてる間にひとっ走りいってきてやったんだぜ〜。母の日だったら赤なんだろうけど、火鳥にーちゃんがハルカにはピンクの方が似合うっていうからさ」
「ハルカは、まだまだほんとうのお母さんじゃないしな。いつも感謝しとるんじゃよ」
「ありがとう、ハルカ」
「・・・ありがとう、ケンタ、おじいちゃん、火鳥さん」




この鉢植えは、部屋のいちばん日当たりのいい窓辺に置こう。

もう少ししたら、庭に植え替えて。
毎年、庭でつぼみをつけるちっちゃなカーネーションを見るたびに、今日のことを思い出せるように。

2005/01/30


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