「んもう!ちゃんとやってよね!」

澄んだ青空がどこまでも果てしなく広がる秋晴れの日曜日。
天野平和研究所の裏庭からは、ガサガサと規則的に落ち葉をかき集める音と、ばさばさとやる気なく竹箒を左右に動かすだけのケンタに、ハルカが活を飛ばす声が聞こえる。

「ほら、きりきりと働きなさいよね、キリキリと。あんた若いんだから」
「ハルカは人使いが荒れーなー」
「なによ!そんなこと言うなら掃除の後のお楽しみ、ケンタだけナシにしちゃうんだから」
「お楽しみ?」
「そ、お楽しみ」
「なんなんです、それは」
「掃除が終わってからのお楽しみよ。先に言っちゃったらお楽しみにならないでしょ?」
「そりゃそーだけど、気になるよな」
「まあまあ、お楽しみ。ですから」
「そうそう、ほら、そんなこと詮索してる暇があったら、さっさと終わらせちゃいましょ」

ほらほらとハルカにせっつかれ、裏庭にはざくざくと木の葉と枯れ木が山と積み上げられていった。



「よしっと、これくらいあれば大丈夫ね」
「大丈夫?」
「うん、それじゃ火をつけるから、ケンタ!ちょっとお願い」

ハルカはそういうと、手にしていた竹箒をケンタに手渡し、ポケットからマッチを取り出す。
しゅっ、と言う音とともに、マッチ特有の香ばしいような火薬の臭いと、枯葉の燃える、少し青臭いすえたような臭いが辺りに広がる。
小さかった火種は、どんどんと激しく燃えあがりはじめ、枯葉の山全体へと広がり、やがて辺りに焦げ臭いような、でもほんのりと甘い香りが漂いはじめた。

「そろそろ、かしら」

ハルカはそう言うと、落ち葉にはくべずにいた少し長めの木の枝で、落ち葉をかさかさと掻き分け、落ち葉の中からこんもりとした塊を取り出した。
ごろり、と転がり出てきたソレは、全体的に煤けて真っ黒くなっていたけれど、ところどころ銀色に輝く部分が見てとれた。

「これは?」
「サツマイモよ。べにあずま、っていうの。いま見た目はこんなだけど、ほら」

ハルカは器用に木の枝でアルミホイルを開くと、中から深い小豆色をしたサツマイモを取り出し、お手玉をするかのように、あちあちと手の中で転がしながら半分に割った。
そこからは黄金色の断面が現れ、ほわりと真っ白な湯気がたちのぼる。同時に、ほこほこと甘い臭いが鼻をくすぐる。

「うわ、ミラクルうまそーだぜ」
「こら、ケンタ。自分の分は自分でとりなさいよ」
「ちぇー、サベツだぜ」
「ケンタ、私が取ってあげますよ」
「火鳥さん、熱いわよ!」
「大丈夫ですよ」

そう言ってにっこり笑うと、火鳥はハルカから木の枝を受け取り、枯れ葉の中をがさがさと突いてアルミホイルの塊を探し当てると、自分の分とケンタの分、ふたつを足元へと掻きだし、熱い塊を手にとってホイルを開き始めた。そして芋を半分に割ったところで、手を止め、じっと白い湯気を発する黄金色の断面を見つめた。

「どうしたの、火鳥さん?」
「これ、あの硬いお芋、なんですよね」
「そう、だけど。それがどうしたの?」
「火って不思議だなあと思って。生ではかちかちで土の臭いしかしないサツマイモをこんなに柔らかく、甘い香りのものに変化させてしまうなんて」

そう言いながらケンタへと芋を手渡し、もうひとつの芋をわくわくとした顔で割る火鳥の横顔を見ていると、ハルカまでわくわくとした気分にさせられる。
そしてぼんやりと思う。火鳥さんは地球と言う落ち葉の中に落とされた、火種みたいだな、って。
いきなり目の前に現れた宇宙のエネルギー生命体。その存在は私たちだけじゃなくていろんな人たちの中でだんだんどんどんと大きくなって。そしてこの星で彼に関わった人たちは、その彼の撒いた火種で多かれ少なかれ変わった。
ケンタだって、おじいちゃんだって、美子先生だって。そう、私も・・・。
右も左もわからない、そんな落ち葉の塊の中で、一生懸命戦って、ほこほこと私たちの心を暖めてくれて。忘れてしまいそうな、なくしてしまいそうな暖かな火を分けてくれる。
もっと多くの人が、この火によって変われるといいな、なんて。
そう、例えば――

「おおっ、焼きイモですか!」

突然背後から大きな声がして、ひょっこりと佐津田刑事が顔を出した。
きっと、未だおじいちゃんを疑っていて、こっそり見張っていたに違いない。
むこうのほうで、ガードスターがウィンカーをかちかちさせ、呆れたように合図を送ってきているのがいい証拠だろう。
そんな彼だって少しづつ変わってきているように感じるときがある。迷惑だとしか思ったこと、なかったけれど、いつかひょっとしたら、分かり合えるんじゃないか、なんてふと思えてしまうくらいには。

高く、遠く突き抜けるような秋の空。
天野平和研究所の裏庭から響く賑やかな声は、青空へと吸い込まれていった。

2005/11/07(2006/4/09up)


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