ハルカはさらにご機嫌ななめ・・・?


それは、一瞬のこと。
モニタの端にちらりと映っただけで、すぐに見えなくなったので、おじいちゃんは、全く気づいてはいないようだった。

見たくないものには、気づかなければいい。
見たくないものは、見なければいい。

でも、どうしてそういうものほど目にしてしまうのだろうか。
そして、どうしてそこからいつまでも目が離せないのだろうか。

画面には、もう全く別のものしか映っていないというのに、そこにいつまでも残るふたりの姿。
絶対に見間違いじゃないし、幻でも夢でもない。


「どうしたんじゃ、ハルカ・・・ハルカ?」

おじいちゃんに名前を呼ばれているということはわかるのだけれど、どこか遠く離れた場所から呼ばれているような、厚い壁の向こう側から呼ばれているようなかんじで、現実の声とは思えない。
ぎゅうと握りしめた拳に、体温を感じない。
まるで、世界が、私が、氷でできた箱の中に閉じ込められているようだ。
このまま、ほんとうに世界のすべてが凍りついてしまえばいいのに。
閉じた世界なら、私は未来に夢を見ることができるだろうか。

硬くなった体をのろのろと動かし、ようやくモニタから視線を外すと、おじいちゃんがほんとうに心配そうにこっちを見ていた。

「・・・ごめんなさい、ちょっと熱っぽいのかな?ぼんやりしちゃって」
「そうか、最近人間が増えて、ハルカも疲れてるのかもしれんのう。夏休みで学校はないとはいえ、夏風邪は性質が悪いからな。部屋に帰って休んでいたらどうじゃ」
「う、ん・・・そうするね」


ふらふらと、おぼつかない足取りでエレベーターへと向かい、スイッチを押す。
扉が閉じたとたん、ものすごい脱力感に襲われ、扉に寄りかかる。
ふわふわと雲の上を歩いているような、それでいて体はやたらに重い。
気持をどこにも持って行けなくて、扉が開いたとたん、めちゃくちゃに走って部屋までたどり着くと、そのままベッドにもぐりこんだ。
顔を埋めた枕のふかふかした感触に、少し気持ちが落ち着いた。



思い出したくもないのに、閉じた瞼の裏で何度もよみがえるのは、火鳥さんと美子先生のキスシーン。

偶然だとか、不可抗力とか、そういうものではなく、ちゃんとした意思がそこにはあった。

じわりと涙があふれ、とめられない。
ふかふかだった枕が、涙を吸い込んで、じとりと重くなってゆく。

火鳥さんはわたしの理想の外見と、まだ子供であるはずの自分が、知らず失った、無くしてしまったものを、たくさん持ったままのひと。
むちゃくちゃな行動に、驚かされたり、いらいらさせられたり、心配させられたりすることも多いけれど、柔らかくて、温かくて、とても強い。ぴかぴかと輝く、太陽のような心の持主。

見た目は大人なのに、子供みたいな彼。
見た目は子供なのに、大人にならざるを得なかったわたし。

全く反対だからこそ、激しく惹かれた。
こんな気持ち、はじめてだった。

憧れではじまったこの気持ちに、激しい炎をともしたのは、彼女の存在だった。
年齢こそ違え、同じ気持ちを持っていること、わからないわけなんてない。

だからこそ反発したり、張り合ってみたり、背伸びしたりして、同じところに立っていると思っていたのに。

なみだが、とまらない。
わたし、こんなにも火鳥さんが好きだったんだ・・・。


頬をぬらす涙で、頬にキスしてもらった時の感触がよみがえる。
あんなことがなければ、こんなに悲しくなかったんじゃないだろうか。
知らなければ、こんなに悲しくなんかならなかったんじゃないだろうか。

浮かれて、嬉しくて、同じように布団の中、眠れない夜を過ごしたのは、温かな生身のぬくもりを忘れないくらいの、ほんの少し前のこと。

そうよ、あのキスだって、私にした時と同じくらいの気持ちだったのよ、と思ってみても、頬と唇の決定的な違いを火鳥さんが本能的にわかっていたのだとしたら?
同じキスでも、その距離はわずかでも、こんなにもちがう。

わたしはどうして、もう少し早く生まれてこなかったんだろう。
自分の肉体的幼さがこんなにうとましいなんて。
10年、ううん、せめてあと5年早く生まれていれば・・・。
わたしにも、ほっぺたなんかじゃなく、ちゃんとしたキスをくれたのだろうか。
それとも、それでもやっぱり・・・?

答えなんてでない、わかっているのに。

「はやく、大人になりたいよ・・・・・・」







何時の間に眠ってしまっていたようで、気づけば窓の外はすっかり暗くなり、カーテンの隙間から細く差し込む月の光が机の上を照らしていた。
その机の上には、すっかり冷めてしまったシチューと思しきものとサラダが、トレイに乗せられて置かれている。
おじいちゃんに体調が良くないといったからだろう、眠ってしまった私を起こさずに置いていってくれたようだ。
みんなも眠ってしまったのだろうか、家の中はしんと静かで、人の動く気配は感じられなかった。

まったく食欲はなかったけれど、少しでも食べておかないと、また余計な心配をかけてしまうかもしれない。
よろよろと起き上がり机のほうに向かったその時。

きらり

ボウルのなかで、何かが輝いたように見えた。

そうっと近づいてゆくと、やはりきらきらしたものが、ボウルのなかでちょこまかと動いている。
心なしか、中身も減っていっているように思える。

「なに・・・?」

思わずつぶやいた声が聞こえたのか、きらきらしたものは、ぴたり、と動きを止め、ゆっくりと顔をあげた。
って、顔!?

「あ・・・っと、起こしてしまったか?すまぬ、よく眠ってるようだったから起こすに忍びなくて・・・、あ、ごちそうさまでした」
「いえ、お粗末さまでした・・・って、そうじゃなくて、あなた、なんなの!」
「それにしても、地球の料理は美味だな。これは、宇宙じゅうに広めるべき素晴らしい文化だぞ、ワンダフル!」

私の問いには答えず、小指の爪くらいの小さな生き物は、マイペースな調子でぺらぺらと話し続ける。
宇宙じゅうに、なんて言っているということは、ひょっとしなくても、宇宙人、よね。
いちおうは礼儀正しいし、友好的っぽいし、新しい宇宙警備隊員なのかしら。
でも、それにしては小さすぎる気がする。

「――で、おいしい食事をごちそうになったお礼をしようと思うのだが」
「お礼?」
「うむ!」

元気いっぱいめいいっぱいな返事と共に、宇宙人の体がぴかぴかと激しく輝く。
小さな小さな手のひらが、私に触れた瞬間、まばゆく銀色に輝く怪しげな光がからだを包む。

「なっ・・・」

自分自身の輝きで、目を開けていられない。
熱い塊が体中を駆け巡り、とろとろと体を溶かしていくような感覚。
溶けた肉は、形を失い、形を変え、どんどんと広がって――

「ちょ、ちょっと!なによ、これー!」

いつもより高い視線、服はきゅうきゅうで、とても人に見せれる状態ではない。
というより、どうやって脱いだらいいのかすらわからないくらいで――そう、体が大きくなっているのだ。

「バッチリでしょでしょ?」

おそらく、ほんとうに悪気はないのだろう。
ぴかぴかの宇宙人は、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、にこにこ満足そうにしている。
私はと言えば、何が起こっているのかついていけず、ぼうっとしたままそこに立ちつくしてしまっていた。
と、どやどやと廊下を駆けてくる足音が聞こえてくる。

「ハルカ!」
「ど、どうしたんじゃ、ハルカ!」
「なにがあったんですか!」

叫び声は思いのほか大きかったらしく、扉の前に人が集まってくる気配がした。
咄嗟にベッドへと向かい、布団にもぐりこむ。
と同時に、扉が勢い良く開かれた。
ほんとうなら、みんなに前でこの怪しげな宇宙人をとっ捕まえてもらって、何とかしてもらうのがいいのだろうけれども、 こんなあられもない姿を、とりわけ火鳥さんだけには見られたくない。


「なんでもない!なんでもないの!その、ご飯があんまりにもおいしかったから・・・」
「それはよかったです。料理でハルカにほめてもらえたのはじめてですよ、感動だなぁ」
「・・・・よかったね、火鳥にーちゃん」
「そうじゃな、うん、そうじゃろうな・・・」

これ、火鳥さんの宇宙料理だったんだ・・・これが口に合うなんて、やっぱり宇宙人同士なんだわ・・・。
思いっきり勘違いではあるけれど、みんな悲鳴のわけについて、物凄く納得したようで、私がベッドにもぐりこんだままだということを怪しむ事もなく、わやわやと自分の部屋に戻っていってくれた。

がちゃり、と扉が閉められた音とともに、緊張でこわばっていた体から力が抜ける。
掛け布団からそろりと顔を出すと、どこに隠れていたのか、張本人は、やっぱりにこにこ満足そうな表情を浮かべながら、ベッドのそばへと飛んできた。

「これを元に戻してちょうだい!今すぐによ」
「何が不服なのだ。寝言で「はやく、おとなに・・・」なんて言っておったから、喜んでくれると思ったのに」
「確かに言ったかもしれないけれど・・・でも、とにかく戻して」
「まあ、本人が望まぬなら致し方ないか・・・結構いい感じだと思うのだが」

ちょっと不服そうな表情を浮かべた後、ぴかぴかの宇宙人は、また、まばゆく輝きだした。
私の体も、また熱くなっていく。
けれども、今度はぎゅうぎゅうと抑えつけられるような、ぞうきんにでもなって絞られてゆくような、にぶい痛みが全身に広がってゆく。
ふたたび眼を開くと、体は元の大きさに戻っていた。

ベッドに腰掛け、ほう、と大きくため息をひとつ。
ぴかぴかの宇宙人は、厚かましくも、私の肩のところに乗っていた。

「ふう、ちゃんと元通り、よね?・・・でも、あなたは本当に何者なの?ぴかぴかの宇宙人さん」
「わたしは、ぴかぴかの宇宙人さんではなく、フェニーだ」
「フェニー?」
「うむ」
「で、あなたは地球に何しに来たの。観光とかじゃなさそうだし・・・」
「・・・わたしの星は、悪い奴らにめちゃくちゃにされてしまったのだ」
「え・・・」
「だからわたしは、ばらばらに脱出した仲間を見つけるためと・・・そいつらをやっつけるために、ずっと旅しておる」
「そうだったの・・・」

悪いことを聞いてしまった、という後悔の念が顔に出てしまったようで、でもそれを自分の星に対する不安ととらえたのだろう。
フェニーは、小さな拳を力いっぱい握りしめ、力強く言い切った。

「案ずるな。ここの星には宇宙警備隊の者たちがおるようだから、安心だ」
「どうして、そんなこと知ってるの?」
「さっき部屋に飛び込んできた若い男は、そうであろう?見覚えが、ある」

そう言った後、フェニーはちょっと考えて、ゆっくりと、言葉を確かめるように、反応をうかがうようにして続けた。

「なあ、申し訳ないが今夜はここに泊めてくれぬか。正直なところ、この星には当然知り合いもおらぬゆえ、行くところがないのだ。警備隊のものがおる家なら奴らを気にせず安心して眠れる」

小さすぎて、表情はわからなかったけれど、フェニックスを包む光が、ほんのちょっと暗くしぼんだような感じがしたから。

「一晩、くらいなら・・・いいわよ」
「よいのか!すまぬ、恩に着るぞ!ええと・・・」
「私はハルカよ」
「ありがとう、ハルカ!」

フェニーは、私のベッドでぴょんぴょんと楽しそうに飛び跳ねた。




カーテン越しでなお、きらきら眩しい夏の太陽が、室内をじっとりとした暑さで満たしはじめる。
あまりの寝苦しさに、横になっていられなくて、ゆっくりと起き上がる。
見れば、枕元で大の字になっていたはずのフェニーはいなくなっていた。

「なによ、行くところがないなんて言ってたのに・・・」

ゆうべは、のべつくまなく話しかけてくるフェニーのせいで、あまり眠れなかった。
専ら、フェニーが地球のことをあれこれ聞いてきたのだけれど、自分の星のこともぽつぽつと話してくれた。
地球より進んだ文明を持ちつつも自然と共存していた、緑と水の、うつくしい星。
語る口調から、フェニーが、とても自分の星を愛していたということが伝わってきた。
だから、その星がゆっくりと滅びてゆく様を見るのは、どんな気持ちだったのだろうか。
たったひとりで、旅をするほどに、強い想い。
フェニーが明るくふるまっているだけに胸が締め付けられるような気がした。

それに比べ、自分の悲しみがとても小さなことのように思えて、フェニーと話している間は、火鳥さんのことを、あの悲しみを忘れてしまっていた。
だから、朝起きて、姿が見えなくて、ほんの少しだけれど、さみしい気持ちになってしまった。
夢だったのかしらと思ったけれど、食べた覚えのないシチューが、すっかり無くなっていることで、昨日のことは夢じゃあないと確信する。

ほんとうに、どこに行ってしまったのだろうか――。







あれから数日、やっぱり火鳥さんの顔を見るたびに、ちくちくと胸が痛んだ。

みんなが帰って行くのに、ここに残ってくれているのは私との約束のため?
それとも、訪れてくる回数が増えた美子先生のため?

考えなければいいのに、布団の中、目を閉じると思いだしてしまう光景。
睡眠不足が続き、今朝も、目ざめて時計を見れば、すでに昼前になっていた。

簡単に身支度を済ませ、階下へ降りると、みんながソファーでくつろいでいるところだった。
火鳥さんは、テレビの時代劇の再放送に夢中になっている。
咄嗟に美子先生の姿を探し、見えないことに安堵する。

「おせーよ、ハルカ!」
「こら、ケンタ。ハルカはここしばらく体調が悪かったんだから、そんなこと言っちゃダメだ」
「ハルカ、もういいのか?」
「あ、うん。ごめんね。心配かけちゃって。でも、もう大丈夫だから」

寝坊したのは、体調のせいなんかじゃないので、ちょっと良心が痛む。
とりあえず紅茶でも飲んで落ち着こうとキッチンに向かおうとした瞬間、ニュース速報を知らせる音が鳴り、テレビにレポーターの桃子さんと、怪しげな機械人形と思しきものが映し出された。

こいつ、ひょっとしたら・・・。

先日、フェニックスから聞いた話を思い出し、ぞくり、と背中に悪寒が走る。
禍々しいという表現がぴったりなその機械人形は、指先からどんどんと霧のようなものを吹き出している。
その霧につつまれた、周りの木々や花々は、どんどんしなびはじめ、最後には、ぼろぼろと崩れ落ちる。
街路樹から蝉がばたばたと落ち、落ちた瞬間、粉々に砕けるのが見えた。
テレビのスピーカから、かすかにうめき声と思しきものが聞こえてくる。
人間はすぐに死ねるわけでないようで、徐々に動けなくなってゆき、力尽きて地に倒れ伏した瞬間、粉々に砕けてしまった。

「ひどい・・・・」
「ドライアスの残党か、新手の犯罪者か・・・」
「火鳥、ファイバード出動じゃ!」
「いくぞ、ケンタ!」
「おう!」
「ちょ、ちょっと待って・・・!」

フェニーに聞いた話を火鳥さんにしようとしたけれど、二人は私の話を聞かず、飛び出して行ってしまった。
おじいちゃんは、司令室へと足早にむかってゆく。

いつもなら、私はここでおとなしく待っているのだけれど、フェニーのことが気になった。
ひょっとしたら、あすこにいるかもしれない・・・。

幸い、現場は遠くない。
わたしは、自転車に乗り、現場へと向かった。






私が現場に着いた時には、まだ火鳥さんは来ていなかった。
おかしいな、とあたりを見回せば、信号機の上に、満足そうな笑みを浮かべる、露出度満点の女。
すでに人影のなくなってしまった交差点のど真ん中では、機械人形が次のターゲットを探してうろうろとしていた。

「ハルカ、近づいてはならぬぞ」
「フェニー!?今までどこにいたのよ。まさか・・・」
「あいつらだ」
「え?」
「あやつらこそ、わたしが追い求めてきた奴らだ」
「やっぱり、そうなのね・・・」
「あやつらは心の弱いところを引き出し、その暗い願望を現実にしてしまうのだ。それで、われらの星も・・・・」

心の、弱いところ。

どくん、と心臓が大きく鳴る。

思い出す、テレビの映像。
硬く、冷たく、透き通って、砕け散った人々。
すべて、凍りついてしまえと願ったのは――

恐ろしい予想に、固まってしまった私の横から、光のかたまりが飛び出す。
迷うことなくまっすぐに、毒々しい女のほうへと突っ込んだものの、小さな体では、あっけなく跳ね返されてしまった。

「フェニー!」
「くそっ、くそっ。火学の粋を集めたこの技が」
「そんな小ささで突っ込んで行って勝てるわけないじゃない。だいたい、どうやって倒すつもりだったのよ」
「変身しているであろう!」
「変身?」
「しておるではいか、いま!」
「え」

よく見れば、なるほど、ちょっと輝きが増しているような気もするし、着ているものが違う、気が、しなくも、ない?

「変身って・・・そうよ、この前、私を大きくしてくれたじゃない。フェニーだって大きくなれば、力ももっと」
「先日のは変身ではない。あれはわたしの星の人間が、元来持っておる力、生き物の成長、生育を司る力だ。わたしがいくら成長したとて、大きさはこれくらいにしかならないのだ」

ふと、いやな予感に、ぞくりと背中がふるえた。
咄嗟に顔をあげると、私たちに気づいた毒女が、ふふ、と妖艶な笑みを浮かべ、足下の機械人形へ向け、ゆっくりと手を振るところだった。
ぎぎぎ、と不吉な音を立て、機械人形がこちらに迫ってくる。


「待ちやがれ!」
「火鳥さん!」
「うふ、うふうふ。今度は元気のいいお兄さんなのね。そういうの、キライじゃないわ」

ふわり、毒女の足が地面から離れたかと思った瞬間、まるで空間を切り裂いたかのように間合いが詰まる。
それに呼応するように、機械人形も間合いを詰める。
大きさの割にすばやく、こちらも次の瞬間にはもう火鳥さんの目の前に迫っていた。
咄嗟に避けたものの、2人がかりの間髪いれない攻撃で、ほんのわずかではあったが怪しげな霧が、火鳥さんの腕にかかってしまった。

「うわっ。これは・・・」

以前のつくりものの体ならとにかく、生身では、避けそこなった腕のところがわずかだが凍りついてしまったようだった。
まくりあげられた袖のところ、色の変わってしまった腕が痛々しい。
気のせいでなければ、その範囲が、少しづつ増えているようだった。

「火鳥さんっ!」

今回の敵は、今までの相手とは勝手が違うようだ。
助けを呼ぼうにも、どこにいるのかケンタでは余計に足手まといになりかねないし、他の仲間たちは、すぐにここに来るというわけにはいかないだろう。
どうすれば、どうすれば火鳥さんを助けられる?

「それ・・・私にもできるの?」
「へ?」
「変身よ、変身!」
「あ、うん、いや、でも」
「じゃあ、やってちょうだい。早く」
「よ、よいのか?」
「よいもなにも、このままじゃ火鳥さんが・・・それに、今回のこれはひょっとしたら・・・」
「ひょっとしたら?」
「ううん、なんでもない!こっちの話だから、気にしないで。ほら、早くしてちょうだい」
「わ、わかった。フェニーフラァァァッシュ!」

輝く光が私を包みこんだ。







「うふふふ、元気のいい宇宙警備隊長さん。いい男なのに、残念だわ」
「どうしてそれを・・・」
「そんなこと、死んでゆくあなたが知る必要はないのよ?そうね、ワタシ好みだから、キレイに死なせてあげる」

つつ、と流れるような指の動作で、毒女は目の前に氷の輪をつくる。
その氷の輪に向かい、ふうと息を吹きかけようとしたその時。

「待て!」
「誰っ!?」
「ファルク星のプリンセス、月光の使者、ムーンフェニックスだ!人の心の弱みにつけこむふてぇやろうめ、覚悟しやがれ!!」
「ちょっと、あなた、お姫様なの?」
「この気品、どこをどう見ても上流階級の香りがするだろうが」
「そ、そうなの・・・」

私の肩のところで、えらそうに名乗りを上げたのはフェニーだった。
でも、この小ささでは相手に見えているはずもなく、どう見ても私が名乗ったみたいだった。
しかも最後のところ、どうしてべらんめぇ口調なの。
宇宙人は、時代劇が好きなんだろうか・・・。

しかし、そんなことより重要なのは、自分の変身後の姿だ。
なぜだかまた成長させられている上に、衣裳の露出度が、異様に高い。

「ね、ねぇ、フェニー」
「なんだ」
「これ、ひらひらだし、すけすけだし恥ずかしいんだけど・・・」
「何を言う!これは王家の正装だぞ。それにヒロインというのは、須くこうあるべきではないのか?」
「でも、これじゃああの霧に・・・」
「ふふふ、安心しろ。布地は少なくても、ちゃぁんとすべてガードされておる。また、貴人は素顔を他にさらすわけにいかぬゆえ、誰だか正体すらわからぬぞ!」
「そうなんだ・・・」

とりあえず、名乗りを上げられてしまった以上は、やるしかない。
毒女のほうも、こちらのほうにターゲット変更したらしく、きらりと光る爪先から、いくつも氷の輪を生みだしはじめた。
ぼんやり、のんびりしている暇はなさそうだ。

「さて、どうしたものかしら。私、戦ったことなんてないんだけど」
「ふむ、それでは必殺技を使おう。これはなかなかパンチがきいていて、すごいぞ」
「そうね、面倒だもん。一気にやっつけちゃいましょう」
「よし、いくぞぉぉぉ!」
「へ?え、ちょっと待って!」

『ムーンプリズム!』
「ぐわあああああ」


フェニーの掛け声と共に体が光を放ち、機械人形のほうへと無理に引っ張られる。
目の前を、ものすごい勢いで景色が流れてゆく。
それは、体当たりと言うほかなくて、機械人形にぶつかってしまう直前、思わずぎゅう、と眼をつぶった。
けれども、予想に反していつまでも体に痛みは感じられなかった。
そうっと、目を開ければ、目の前の風景は一変している。
振り返れば、ばらばらになった機械人形の残骸が見えた。


「あ、あっさりね・・・・これ、はじめからあんたがやればよかったんじゃない?」
「使った、いっち最初に。そしてはじかれ・・・」
「あ、あれがそうだったんだ・・・」

しゅん、となるフェニー。
かける言葉が見つからずうろうろと周囲に視線を泳がせれば、いままでどこにいたのか、ケンタがいて、おじいちゃんに見せるつもりなのだろう、ばらばらになった機械人形の部品を集めていた。
毒女のほうはどこかへと姿をくらましてしまったのか、消滅してしまったのか、でもその痕跡は見当たらなかった。
そして――

「ありがとう!プリンセス!!」

にこにこと、満面の笑顔を浮かべて、火鳥さんがこちらに向かってくる。
ただ、その笑顔は、腕の負傷のせいか心持苦しそうで。
だらり、と下がったままの腕も、見ていて痛々しかった。
フェニーのこと、この姿のこと、それにあれこれと説明していては長くなるだろう。
どうせこれきりのこと、そんなことしている間に、腕の手当、してもらわないと。
それに、いくら正体がわからないだろうとはいえ、この姿を見られるのは恥ずかしすぎるから。

「まずいわ、行くわよフェニー」
「なぜだ。あやつは仲間ではないのか」
「いいから!」

叫びと共に、激しい光が私たちを包む。
と、同時にふわりと体が宙に浮かび、目の前の景色がものすごい勢いで流れてゆく。
気づけば、私は、元の姿に戻っていて、火鳥さんから少し離れたビルの陰に移動していた。


「ありがとう、フェニー」
「礼を言うのはこちらだ。ありがとうハルカ。これからもよろしく頼むぞ」

フェニックスの「これからも」というところがちょっとひっかかったけれど、火鳥さんの怪我の具合も心配だったから。
わたしは、プリンセスが消えた場所に呆然と立ち尽くす、火鳥さんへのほうへと駆けだした。





研究所に戻ると、おじいちゃんと、美子先生が出迎えてくれた。
どうしているのかと内心面白くなかったけれど、心配して、火鳥さんの怪我の具合を見に来たようだ。
火鳥さんの腕は、ひどい凍傷になっていたけれど、範囲もせまく、きちんと処置すれば問題ない程度だった。


「それにしても、ケンタったら、戦いの間どこにいたのよ」
「だって、俺が出て行ったって足手まといじゃん。でもミラクルかっこよかったよな〜、プリンセス!」
「あの衣裳がたまらんのう」
「おじいちゃん!」
「でも、あのひとは一体誰なんでしょうか」
「宇宙警備隊のものではないですよ。しかし素晴らしいですね。個人で平和のために戦うなんて。感動しました!」
「みんな帰っちゃってるし、心強い味方が増えたね、にーちゃん」
「はいっ」


ふう、と大きなため息をひとつ。
私の部屋では、力をたくさん使って疲れたのか、フェニーが眠っている。
これは、みんなに話しておくべき、なんだろうか・・・。







8月某日

今日、もう大丈夫だと思っていた地球に、新たな敵が現れた。
地球に残っておいてよかったと思う。
あいつらが何者か分からないが、地球を狙っていることは確かだ。
そして正義を守るプリンセスにも出会った。
正義と平和を愛する素晴らしい人だ。しかも強い。
警備隊の人ではなさそうだが、個人で宇宙の平和のために戦うなんて、素晴らしい。
世界は、宇宙はまだまだ知らないことでいっぱいだ。
これからも、協力して平和のためにがんばりたい。